ツァラトゥストラはこう言っている?

 

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投稿者:Zarathustra
以下の論に補足しておく。

罪が行為ではなく「血で決まる」のならば、刑法など要らないだろう。なぜならば、ある行為(窃盗や殺人など)を行うか行わないかにかかわらず、その人の「血」によってすでに罪の有無が決まっていることになるのだから。

【質問1'】ある「犬」が、ある「猫」を殺したとすると、その場合、すべての「犬」はすべての「猫」に対して罪や責任を負うのか?

ここで言っているのは、次のことである。

例えば、「ある野良犬」が、「ある猫」を殺したとき、「すべての犬」(しかも、その事件が起こった後に生まれた犬も含めて)が「すべての猫」に対して罪を負うと考えるとしたら、その人はかなりのバカではないだろうか?ということだ。

http://moon.ap.teacup.com/zarathustra/
投稿者:Zarathustra
在日マンさん

どうも話が「あさっての方向」に行っている感じがします…。

そういうわけで、エントリー本文とは一応切り離してお返事させてもらいます。

コメントでは在日マンさんは幾つかのことを述べておられますが、朝鮮や中国との戦争に関する謝罪などの問題を挙げておられるので、それを取り上げて回答とさせてもらいます。

> 君の考えが正しければ、戦後生まれた日本人は朝鮮民族の血が流れた者に謝罪しなくて良い事になる。だって「何をしたか」どころか、生まれてなかったのだから。

そのとおりです。戦後に生まれた私が個人として謝罪する理由はありません。

ですから、もし在日マンさんが、私のような戦後に生まれた人間も、個人として「朝鮮民族」に謝罪すべきだと考えているのだとしたら、確かに私の見解とは相容れませんね。

(以下に続く)

http://moon.ap.teacup.com/zarathustra/
投稿者:Zarathustra
(上からの続き)

この点に関して、2,3点ほど考えていただきたいことがあります。

【質問1】ある「ニホンザル」が、ある「朝鮮民族」を殺したとすると、その場合、すべての「ニホンザル」は罪や責任を負うのか?

【質問2】「日本人」および「朝鮮民族」とは何か?明確に定義してください。最低でもその指示対象が何であるかを、論理的に明確にしてください。これを明確にした上で、「日本人」であるとされる人は「朝鮮民族」とされる人に対して「謝罪」しなければならない理由を「論理的に」説明できますか?

(→不可能でしょう。ここで「説明できた」と思った場合、その説明は、論理的な誤りを犯しているか、もしくは、前提となっている概念の妥当性に問題があるか、少なくともいずれか一方の誤りを犯しているはずです。なお、経験的には前者の誤りを犯すことが一般的です。)


【質問3】こちらは質問1のヴァリアントですが、質問2の要素も入っているので応用問題として。(上の2つの問題が解ければ敢えて答える必要もない追加的な問題です。)秦の始皇帝の時代に秦の臣民だった人々の子孫は、侵略された他の被征服王朝の臣民だった人々の子孫に対しても謝罪しなければならないのでしょうか?(この征服のプロセスで確実に「流血」はあったはずですね。)

以上の諸点について、わざわざこちらのコメント欄に回答はいただかなくても結構ですが、一度じっくり考えてみることをお勧めしたい。

(以下に続く)

http://moon.ap.teacup.com/zarathustra/
投稿者:Zarathustra
(上からの続き)

なお、一応、誤解のないように次のように私の考えを述べておきます。(本来は他の論点も組み合わせなければいけないのですが、今回はそれらは簡単のため省きます。)また、以下では面倒なので「ですます調」はやめます。

日本政府が朝鮮の被害者やその関係者、また韓国政府(国交樹立後には北朝鮮政府も)に謝罪――より正確には戦後補償――する必要がある」ということと「私がそれらの人々・機関に謝罪すること」とは同じことではない。(もし「同じだ」と言うなら理由を述べよ。)

私は日本政府に謝罪するように命じる政治的な責任がある。それは日本政府に対して主権者という関係にあるからである。政治的な権力である主権と対となる政治的責任において、主権者である私は日本政府に、謝罪と――これは形式的なことであり、その実質は、そうすることで「今後は同様の過ちを繰り返さない」と宣言することである――戦後補償をさせるべきなのである。

しかし、戦後になってから生まれた私個人が謝罪しなければならない理由などない。なぜなら、私はこの問題について罪を犯していない(生まれる前のことについて罪を犯すことはありえない)からだ。あるのは上記のような政治的責任だけである。ただし、当時の戦争に参加したり、直接参加していなくても、その当時、成年していて選挙権を持っていた人間には個人として謝罪する理由がある。彼らは当時の戦争の「当事者」だから、彼らの行為ないし不作為そのものが「罪」となるからである。

最後に、エントリーで言ったことを繰り返す。政治は道徳ではない。道徳は政治ではない。政治的責任と道徳的な罪とは別のことである。この程度の単純な事実を混同すべきではない。


なお、年度末から年度の初めという時期でもあり、コメントをいただいても必ずしもお返事できない(あるいは遅れる)可能性がありますのでご了承いただきたいです。

http://moon.ap.teacup.com/zarathustra/
投稿者:在日マン
>「何を語るか」ではなく、「何をするか」によって、その人が何者であるかが決まるのだから。

呆れた誤りだね。「何をするか」なんて個人の問題は重要ではない。
「血」だよ、「血」。血筋、家柄、族譜だね。
君の考えが正しければ、戦後生まれた日本人は朝鮮民族の血が流れた者に謝罪しなくて良い事になる。だって「何をしたか」どころか、生まれてなかったのだから。
人は生まれる前の出来事にも謝罪しなければならない。「血」で謝罪しなければならない。
行為など重要ではない。「血」こそ重要なのだ。
近年、通名報道に対して反対する馬鹿ウヨが発生しているが、まさか君もその仲間ではあるまい?
朝鮮民族の「血」が流れているものは「被害者」なのだ。如何なる凶悪犯罪を犯そうとも、日本人の血が流れている者に対しては被害者なのだ。
「何をしたか」なんて、本質論を言えば関係ない。如何なる凶悪犯罪を「したか」なんて関係ない。
血で決まる。民族の血で決まる。

君はバカウヨでは無いのだろう。まともな頭の持ち主の筈だ。
民族の血、それが重要であり、日本人は何を「しよう」と、子々孫々永久に加害者であり、朝鮮人は何を「しよう」と子々孫々永久に被害者なのだ。

この単純な事実から目を背けてはいけない。

日本人は永久加害者民族である。

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