【5】貧困の克服、生活の安定こそ「テロとの戦い」の方法
最後の、第28段落〜第31段落では、ここまでの議論とはやや趣を変え、
紛争やテロの根底にあるのは貧困であり、政治のなすべきことは貧困の克服であるということが述べられる。
この部分については、「とってつけたようなものだ」という批判を何箇所かで見た。
その可能性は否定できないが、必ずしもそうではないとも読めるのではないか。
つまり、小沢氏が批判された点は、主として武力行使やそれと一体である給油活動についてだったので、それについて紙数を割かなければならなかったが、
小沢氏の思想としては、本来はこちらがベースにあるものだ、という見方もできなくはないのではないか。
例えば、第22段落では次のように述べている。
◆「テロリズムとの戦いは、米軍の軍事行動に協力することではありません。実際上は、出入国管理や金融管理から始まっていることであり、あらゆる場面でテロに毅然とした態度をとり続けることが戦いの要諦です。」
これでもまだ戦闘的な文言ではあるが、テロリストを「力でねじ伏せる」というよりは、活動不能に陥らせるという「封じ込めの発想」であり、貧困対策による「予防の発想」と親和的である。
少なくとも、小沢氏の考え方は、ネオコンのような「力の信奉者」が陥りがちな論理だけではない、とは言える。
また、貧困の話題が出る直前の文言も、これに通じるものではある。
◆「憲法の理念に従って、あらゆる分野で国際貢献を積極的にしていかなければならない」(第26段落)
「憲法の理念に従って、あらゆる分野で」というわけだから、貧困対策も含まれることは間違いない。もっとも、「あらゆる分野」と言っているのは、「軍事も含めて」ということではあるが、この言葉に続いて半ば突然、貧困問題が出てきたのは、やはり、言っておかなければいけない重要問題、という意識があるのではないか。(もちろん、先の選挙で「生活が第一」と言ってきた手前、貧困問題についても言わざるを得ないというのもあるだろうが。)
十分な根拠とは言えないが、
一応、小沢氏は、貧困問題についても、それなりに配慮しようとしていると読むことはできるのではないか、と言っておく。つまり、「とってつけたもの」である可能性もあるが、必ずしも、そうバッサリと一刀両断できないかもしれない、ということだ。
しかし、である。
それであっても、認識が足りない、少なくとも書かれていないことがある。それは
貧困をなくする努力や軍事をも含めた国連活動だけでは、テロや紛争はなくならないだろう、ということだ。
なぜならば、
いわゆる先進国がテロや紛争を再生産しているからだ。そこに手をつけない限り、この問題は解決することはない。
世界的な軍縮と同時に世界規模での軍需産業の縮小・解体、他業種へのスムーズな転換といったことがなされる必要があるのではなかろうか。
この小さな書簡にそこまでの内容を盛り込めというのは酷であり、そこまで要求するつもりはないが、認識としては、そうしたところまで含めた、大きなビジョンをしっかりと描き出してほしいと思う。
今の日本の政治家でそうした大きなビジョンを描き出せる人物はそういないと思われるが、小沢氏は他の政治家と比べれば、それに近いことができる可能性のある政治家だと思うので。
以上、ダラダラと書いてみたが、これを踏まえて今週の後半から始まるであろう国会論戦で野党は自民党とどう戦うべきか考え、また、実際の論戦がどのようになるかを見ていきたいと思う。それについても考えがまとまったら(かつ時間があれば)エントリーしたいと思う。
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