今回の旅のコンセプトは
「中国のハイカルチャー、台湾のサブカルチャー」(注1★)。これらを少し見て取りたいというのがあった。
(注1★)「中国」というのは中華人民共和国のことでも、中華民国のことでもない。そうした国民国家としての政治体ではなく、歴史的には漢字によって公的な文書を作成した支配層が実質的に支配権を行使した地域を漠然と指すものとする。
「中国のハイカルチャー」をみる上でうってつけの場所が台北にある。世界四大博物館のひとつとされる
国立故宮博物院である。とにかく、これまで十分に感銘を受けるほどのものを中国の文化からは受けたことがなかったため、
これから深めていくための取っ掛かりをつかめればそれでよいというのが訪問前に目論んでいたことである。美術の分野に限定しても、青銅器、陶磁器、書道、絵画、手工芸品、玉器、服飾、建築など様々な分野があるが、今回はとりわけ
陶磁器に焦点を当てて重点的に「予習」して行った(注2★)。
(注2★)予習したものの概要はウェブサイトにアップした。陶磁器に焦点を当てたのは、主に以下のような理由による。
第一に中東も陶器製造は盛んであり、ラスター彩やミナイ手など様々な独自の技法を開発していたのだが、それらに対して中国の磁器が大きな影響を与えたとされているからである。
また、朽ちることのない陶磁器は、歴史の一次資料としての価値も高いものであり、歴史研究の際に陶磁器について知っていることは非常に有利だと考えられるからでもある。
さらには、私はイスラーム建築に関心があるのだが、特にイランの建築様式ではタイルを多用する。タイルと陶器は同類であるため、関連性が高い分野を研究することでいずれの領域に対しても理解が深まると考えたことも理由である。
第四には、中国は陶器ではなく磁器を生産できた唯一の地域だったことが挙げられる。陶器は他の地域でも作られていたが、磁器は19世紀のヨーロッパが中国の磁器を模倣することができるようになるまで、他の地域では作ることが出来なかった高度な技術だったのである。その意味で、磁器は「中国」の人々にとって非常に重要な文化的および経済的意味を持っていたと考えられる。
以上の4点が私が陶磁器に関心を持った主な理由である。
結論を言えば、
定窯の白磁の素晴らしさを「発見/体感」できたことこそ、今回、故宮博物院を訪問した中で最大の収穫だった。これを以って上記の目的は達成できたと言ってよい。
定窯の白磁が私にとって素晴らしいのは、何よりもその
シンプルさと繊細さであり、滑らかな釉から発せられる
「気品ある輝き」である。それと比較すると、青磁は予想していたほどには美しいとは思えなかった。また、明代の「新装飾時代」になると、色彩や器の形などが多彩にはなるが、そうしたものは現代の技術の方が優れているため「すごさ」を感じにくい。逆にシンプルな白磁に心を惹かれることになった。
(つづく)

0