2005年10月の写真。東京都新宿区にて撮影した。銅板葺の緑青の色といったら、すぐに思い出されるのが“看板建築”である。“看板建築”については、その命名者である藤森照信氏の著書、たとえば“建築探偵の冒険”(ちくま文庫 1989年)など、を参照されたい。“建築探偵の冒険”によれば、“看板建築”とは次のようなものである。
たいてい木造の二階建て屋根裏部屋付きで、店の前面を衝立(ついたて)でもおっ付けたようにノッペリと立て板状に作り、その立て板に金属板を貼ったり色モルタルを塗ったりして、色んな飾りを作り出している。(中略)建てられた時期は昭和三、四年に集中している。
昭和三、四年といえば、荒玉水道町村組合の野方大谷口の両配水塔の建造時期と重なる。そのころ流行った銅板葺、帝都復興の象徴的建材だ、ということになれば、やっぱりそうだったのか、と緑青派は勢いづくかもしれないが、さて、いかがなものであろうか。