2008/7/26

862:帰り道  

 常磐ハワイアンセンターからの帰り道、常磐道を東京方面に向かう貸切バスのなかは静かであった。ほとんどが家族連れ、しかもまだ小さな子供を連れた客が多い。当然バスの出発直後は騒々しい。

 しかし、走り出して15分もすれば水を打ったように静かになった。プールや温泉で散々遊び疲れきった子供達は、音もなく寝静まり、その親達も連日子供達に付き合って疲れているため、子供達の静かな寝息に折り重なるような感じで熟睡しているのであった。

 その静かなバスのなか、少しばかり寝った後東京に到着する2時間ほどの間、1冊の本を読んでいた。田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」である。まだ3分の1ほどしか読み終えていないが、アントン・ブルックナーの複雑で不可解なパーソナリティを垣間見ることができた。

 一人の人間としてブルックナーを冷静に見た場合、その弱さや打算的な行動、節操の無い振る舞いなどに、「楽聖」という言葉からは連想できない、生身の不完全な人間を感じることができる。しかし、そういった人間が、あのようなとてつもない音楽作品を生み出すことが本当に不思議に感じられる。

 次のような求愛行動に関するブルックナーのエピソードなどは、結構インパクトがあった。40歳を過ぎ中年となったブルックナーは、わずか16歳のヨゼフィーネ・ラングに熱烈に求婚する。結局ヨゼフィーネはその求婚を拒絶する。そして、その拒絶のわずか数日後に、ブルックナーはヘンリエッテ・ライターに求婚するのである。こちらも結局不首尾に終わるのであるが、かなり場当たり的な求愛行動にいささかあきれた。

 また、執拗なまでの「証明書コレクション」癖や、有力者への極端なまでにへりくだった感のある嘆願書など、その世俗的な成功を求める強力な上昇志向は、その人生の多く期間に共通して見られる。

 この本を読んでいて、ある意味とても人間的なブルックナーに何故かしら強い共感を覚える。政情も経済状態も現在よりも極めて不安定であった当時のオーストリアにあって、さらに生来の神経症的不安感に強く苛まれながらも、神聖で犯しがたい深い精神世界を思わせる傑作を生み出していったことは、大いなる奇跡のような気がする。

 常磐ハワイアンセンターという極めて世俗的で陳腐な感のある観光スポットからの帰り道、ブルックナーの伝記的な本を読む。何かしらその組み合わせと、その本の内容がリンクしているような感がしないでもなかった。 




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