2021/7/22

5621:迂回路  

 柳沢峠でゆったりした時間をすごした後、帰路につくことになった。青梅街道は奥多摩湖の峰谷橋付近でのがけ崩れにより通行止めになっているようである。

 下っていって通行止めが解除されていないようなら、深山橋を渡って奥多摩周遊道路へ迂回する必要がある。ということは風張峠を越えるということである。

 そうならないことを祈りながら下っていった。下りでは重力を味方につけてハイスピードで走った。

 柳沢峠を走るコースは距離が長くハードなロングライドコースである。ただし、柳沢峠まで上り切ると帰りは下りが続き上り返しはほとんどない。

 それが唯一心の拠り所であるが、奥多摩周遊道路への迂回路で帰ることになると、その心の拠り所が足元から崩れ去ることになる。

 長い距離を下っていった。やがて奥多摩湖が見え始めた。深山橋の交差点では警察車両が停まっていた。そして奥多摩周遊道路へ迂回するようにアナウンスしていた。

 覚悟していたが、やはり通行止めは解除されていなかった。深山橋を渡るために交差点を右折した。さらにもう一つ橋を渡って奥多摩周遊道路に入った。

 「こうなったらしょうがない・・・とりあえずやり過ごすしかない・・・」を心を決めて、先へ進んだ。

 しかし、脚の余力も心のテンションも底をついた状態であったので「とりあえず負荷をできるだけ下げて走ろう・・・」と決めた。

 そして、130ワットほどの平均パワーで、淡々と走り始めた。「このくらい低い負荷ならどうにかやり過ごせるであろう・・・」と思いながら奥多摩周遊道路を走った。

 風張峠は長い。ゆっくりと走るとその長さはさらに際立つ。「長いな・・・本当に・・・」そんなことを思っていると、脚の余力、心のテンションの次にもう一つ問題が生じ始めた。

 ガソリンの残量を示すメーターの針が左に振り切れていたのである。いわゆる「ハンガーノック」である。

 走り続けるためのエネルギー源が枯渇し始めた。「まずい・・・ハンガーノックになりかけている・・・」130ワットよりもさらに負荷を下げた。そしてグダグダになりながら風張峠の頂上に辿り着いた。

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 風張峠の頂上で一息入れてから「都民の森」へ向かった。何はともあれエネルギー源を胃袋に入れたかった。

 「都民の森」について「売店 とちの実」へ向かった。しかし、無情にも「閉店しま〜す・・・」とおばさんがちょうど告げていた。思わず「カレーパンありませんか・・・」と尋ねた。すると「終わりました・・・」との返答が・・・そして「閉店ガラガラ・・・」とばかりに店のシャッターが閉められた。

 その様子を見かねてリーダーが、もう一人ハンガーノックになりかけていたメンバーと私におにぎりを1個譲ってくれた。二人は仲良くそのおにぎりを半分づつ食べた。

 「あとは下りだけだ・・・」と少し心を軽くしながら下り始めた。「橘橋」の交差点の手前まではいつも通りであったが、「橘橋」の交差点の手前から車の渋滞が始まり、その後檜原街道は延々と車の渋滞の列が連なっていたのである。

 その脇をすり抜けたり、物理的に通り抜けられない時は歩道を走ったりと、スピードはノロノロで、ストレスばかりが蓄積する感じであった。

 途中「戸倉」の交差点にあるセブンイレブンに立ち寄った。ここで補給食を摂った。ガソリンの残量示すメーターは右側を指すようになった。

 コンビニ休憩を終えてさらに渋滞の脇を抜けていった。武蔵五日市駅が近づいてくるとようやく渋滞が解消された。睦橋通りに入ると普段通りの流れとなった。

 過酷なロングライドの終盤では、テンションが妙に高くなることがある。疲れすぎて脳内に大量のアドレナリンが排出されるからであろう。

 睦橋通りの途中からトレインのペースが随分と速くなった。そのハイペースはしばし続いた。その流れを受けて、私が先頭を引く番になった時もアドレナリンの命ずるままにハイペースで走った。

 「疲労の上に疲労を重ね塗る感じだな・・・」とは思いつつも、アドレナリンの誘惑に抗しきれなかった。

 「百石橋」まで走って「東大和組」の2台はトレインから切り離された。まっすぐに北に向かい、新青梅街道の手前で同行メンバーとも別れて、最後の行程を走り切った。自宅に帰り着いたのは夜の8時であった。サイコンに記録された走行距離は187kmであった。




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