2020/7/12

5239:夢美  

 「私も最近小さいレコードの世界に嵌っているんです・・・シングル盤です・・・お店の人はEP盤って呼んでました。真ん中に大きな穴が空いていて、シングル盤をかけるときには専用のアダプターが必要なんですよ。回転数は45回転で、音が良いんです。なによりもA面、B面それぞれ1曲だけっていうのが、潔いですよね・・・」

 「中野にRAREという名前の中古レコード屋さんがあって時々立ち寄ってシングル盤買ってきます。まあ、当たり外れが多いというか、大半が外れなんですけど・・・最近最も『当り』だったのが、草間ルミの『時計をとめて』かな・・・」

 「これは完全に『ジャケ買い』だったんです。1970年の発売なんですけど、この時代と現代がリンクしているというか、全然古臭くない。ジャケットに写っている妖艶な彼女の姿が1970年でありながら2020年でもあり得るという、不思議な感覚・・・音もとても良くで、バックのストリングが雰囲気たっぷりに奏でるさまは、何度聴いても飽きなくて・・・」

 「B面には『涙のオルガン』という曲がカップリングされているんですけど、タイトルが良いですよね・・・『時計をとめて』『涙のオルガン』・・・1970年ですよね・・・本当に・・・」

 彼女は今年誕生日が来れば32歳である。私からすると随分と若い世代であるが、世間一般的にはもうそろそろ若いという範疇から漏れ落ちる年代である。

 「ゆみちゃん」の下の名前は「ゆみ」であるが、漢字で書くと「夢美」である。名は体を表す・・・ではないが、確かに現実とは少しずれた時間と空間で生きているような感じがする時がある。「夢美」は「ゆめみ」と読むこともできる。むしろ「ゆめみちゃん」と呼んだほうが、しっくりとくるのかもしれない。

 彼女が最近よく聴くという古いシングルレコードの話を聞きながらそんなことを思っていた。「草間ルミ・・・おそらく本名ではないであろう。私は全く知らない。『クサマルミ』・・・その音の響きからは、やはり1970年代の香りがした。

 「ゆみちゃん」の部屋に置かれているレコードプレーヤーは、YAMAHA YP-700である。1973年に発売された製品で、ベルトドライブ方式である。

 この時代の標準であるS字型のトーンアームが付いていて、カートリッジはMC型のシュアーM75が取り付けてある。YAMAHAらしい、品のあるデザインでまとめられている。

 そのYAMAHA YP-700にEP盤用のアダプターが装着されて、7インチの小さいレコードがセットされる。回転数は45回転が選択されて、針先が盤面に降ろされる。そしてDAITONE DS-251 MKUから、「クサマルミ」の「時計をとめて」がゆっくりと流れ出す・・・

 そんな情景をぼんやりと脳内スクリーンに描いた。現実の時間と空間から一つの層、あるいは二つの層ほどずれた世界が出来上がるような気がした。

 「ゆみちゃん」の丸顔で年齢よりも若く見える童顔が、その目の前にあるノートパソコンから発せられる青白い光に照らされていた。

 「不思議な女性である・・・」この店もそうであるように、夢の中にだけ存在するかのような、不確かで儚げな存在感が、彼女にはある。




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