2020/4/2

5136:根源  

 そのコンパクトにして精緻な質感のNAGRA CDCに最初にセットされたCDは、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲であった。

 ヴァイオリンは五嶋みどりである。バックを務めるのは、クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィル管弦楽団。

 五嶋みどりの演奏は実に安定感がある。凄みを切っ先鋭く発散しようとする力みは全くない。いたって素直にかつ柔軟に演奏している。

 贅肉といったものの存在を感じさせない演奏は、見事にシェイプアップされた美しい肢体を眺めているような感覚にとらわれる。

 もっとグラマスな体型の女性(演奏)を好む方もいるであろうが、正統的でかつ完成度の高いその演奏には、心をむやみに陽動しようとする感じがなく、穏やかな心情で第1楽章を聴き終えた。

 「どう・・・このCDプレーヤー・・・taoさんのところもTANNOYのモニター・シルバーにヴィンテージの真空管アンプの組み合わせだから、ここのシステム構成に近い。やはり似た感じだった・・・?」と小暮さんに、その印象を求められて、はたと返答に困った。

 「えっと・・・なんというか・・・表現が難しいですね・・・音楽が流れ始めて少しするとCDプレーヤーの存在を忘れるというか・・・これといった個性がないというか・・・オーディオ的な聴き方をする・・・例えばSN比がどうのとか、レンジが広いとか狭いとか、サウンドステージの奥行きが深いとか・・・そういったことがどうでもいいことのように感じさせてくれる・・・そんな感じでしょうか・・・ハイエンド機器に時折感じるような畏敬の念は沸いてくることはなく、ただ演奏者の真摯な演奏に静かに耳を傾けていたくなるような感じですね・・・一言でいうと自然・・・ある側面からすると大したことない・・・そんな印象ですね・・・」

 「それって褒めてる・・・?」と問われたので「どうでしょうか・・・ある意味においては最大の賛辞かもしれませんし、音にばかり耳が行くオーディオマニア的には『値段のわりにしょぼい・・・』という評価になるかもしれません・・・玉虫色ですね・・・でも、見た目通りですね・・・人を驚かすようなものは決して狙っていません・・・」私は素直に感じたままを口にした。

 「確かに200万円を超える価格の超高級CDプレーヤーとしては、度肝を抜くような音は出てこないからね・・・しかし、NAGRAの他のオーディオ機器にも通じる独自の造形美と存在感、すっと耳に馴染むような感覚のある音質など、この製品をまとめあげた技術者の芸術的なセンスの高さが窺える・・・そんな印象を受けるCDプレーヤーだね・・・」と小暮さんは話されていた。

 そんな会話をしばし続けたのち、2枚目のCDがNAGRA CDCに装着された。グレン・グールドのピアノによるR.シュトラウスの『ピアノソナタ ロ短調』と『5つのピアノ小品』が収められたCDであった。

 グレン・グールドがR.シュトラウスの作品に深く傾倒していたことはよく知られいる。ロマンの香りが色濃く残る「ピアノソナタ ロ短調」は、1982年の録音である。グールドが亡くなる1ヶ月前のことである。
 
 その「ピアノソナタ ロ短調」を聴いた。いつものように曲に深く没頭し、彼岸の彼方にワープしながら演奏するかのようなグールドのビアノは、異様なまでの美しさに彩られている。

 その演奏を聴きながら、小暮さんがヤフオクに出品すれば数十万円の利益が出ることが明白なのに、あえて手元に残すことを選択した心情が少し分かるような気がしてきた。

 このNAGRA CDC・・・はっとするような凄みはない、個性的な演出もない・・・でも、何かしらしっかりと大きな根源に根を下ろしているような、そしてその根は思いほのか広く深く張っているような・・・そんな気のするCDプレーヤーであった。

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