2020/2/15

5088:くるみ  

 その店の名前は「くるみ」。国立駅の南口からほど近いビルの地下1階にひっそりと佇むビストロは、開店から4年がすでに経過したとのことである。

 しかし、店の内装などの雰囲気はもっと長い時間の経過を窺わせる。居ぬきで新たに今のオーナーが「くるみ」を始めたのが4年前で、店舗の内装などはそれ以前のものをほぼそのまま使っているとのことであった。

 「くるみ」の店名の由来はミスチルの曲からきている。店のオーナーシェフが大のミスチルファンで、店内には途切れることなくミスチルの曲が流れていた。

 この店に案内してくれたのは、genmiさんである。genmiさんのリスニングルームで音楽をしっかりと堪能した後で、二人はこの店に来た。

 genmiさんは、この店の常連のようで、店のオーナーと気さくに話されていた。オーナーシェフ一人で切り盛りしている「くるみ」は小さな店である。10名も入ると満席になってしまう。

 genmiさんはビール、私はノンアルコールビールを頼んで乾杯した。今日も2月としては比較的暖かい。炭酸がのどではじけて爽快であった。

 そのぷつぷつと弾ける泡の感覚を確かめながら、つい先ほどまで聴いていたgenmi邸の音の様相を思い出していた。

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 genmiさんは6年前に自宅を新築されたときにオーディオ用の専用ルームを作られた。家の設計を依頼された設計士の方がオーディオマニアだったようで、基本構造は石井式リスニングルームに準拠している。

 壁面や天井は漆喰仕上げで、石井式リスニングルームを特徴付ける吸音層を覆う布も白であり、とてもモダンな仕上げである。

 床面を30cm下げることにより天井高を高めに設定している。壁面や天井には音響調整のためのグッズが数多く設置されていて、より良い音響効果を得るために数多くの試行錯誤がなされたことが伺える。

 この専用ルームの主ともいえるスピーカーは、B&W 805SDである。とても美しいデザインの2ウェイスピーカーで、人気、実力もともに高い。このジャンルの代表格ともいえるスピーカーである。

 ビールとノンアルコールビール、その見た目はそれほど変わらない二つのグラスの間に「本日の前菜盛り合わせ」の大きめの皿が置かれた。

 何種類かの前菜がきれいに盛られている。それを幾つか自分の取り皿に取り分け口に運んだ。シェフのセンスと腕の良さがすぐさまに分かるクオリティーに心が和んだ。

 B&W 805SDを駆動するアンプはOCTAVE V70SEである。オプションの強化電電(Super Black Box)でその駆動力がしっかりと補充されいる。出力管はEL34。

 送り出しはPCオーディオである。PCオーディオと一口に言っても様々な種類がある。genmiさんのお宅では「MFPC」と呼ばれる方式のPCオーディオシステムを採用されている。

 その構成要素はかなり複雑で、PCオーディオに疎い私には完全に理解することはできなかったが、どうやら現段階において「(M)もっとも、(F)フレッシュな音を送り出すことのできるPC」のようである。

 genmiさんはビールを手早く飲み干して、ワインをボトルで頼まれた。私は飲まないので一人で1本を空けることになる。「さすがに1本まるまるは飲み干せないかも・・・」「その時は持って帰れば・・・」とgenmiさんとオーナーシェフは軽妙な掛け合いののように会話されていた。

 続いて出た「牡蠣のグラタン」「太刀魚のムニエル」も冴えていた。目立たない地下1階の小さな店であるが既に予約で満席である。2組の客が予約なしで足を運んできたが、残念そうに踵を返して戻っていった。

 一段高くなっていて王様気分を味わえるリクライニングチェアに座り、まず聴かせていただいたのは女性ボーカルであった。

 グレース・マーヤ、ダイアナ・クラール、エヴァ・キャシデの素晴らしい歌声が巧みなバックの演奏とともにこの部屋に響いた。その音の質感は、どこまでも透明で淀みなく足早に流れる清流を連想させるものであった。

 それでいて、決して冷たくはならず、唇の潤いや人肌の暖かさも感じさせる絶妙なバランスに貫かれている。「オーナーシェフのセンスの良さが一口で分かる音」である。

 「PCオーディオって綺麗なんだけど、スタティックなんだよね・・・」という私の先入観は清流を勢いよく泳ぎ、一瞬水面上に跳ねた川魚の尾びれによって「パシンッ・・・!」と払われたかのようであった。

 ワイン(私はノンアルコールビール)と美味しい料理の加勢もあり、私とgenmiさんとの「オーディオ談義」は熱を帯びてきた。「オーディオのOFF会って、自分はこういう人間ですってさらすようなものですから、ある意味恥ずかしいんですよね・・・」といった会話が交わされた。すぐ背後には団体がにぎやかに食事をしていたが、カウンター席での二人の会話を途切れさせるほどではなかった。

 その後にかかったジャズ、J-POP、そしてクラシックに至るまで、genmiさんの音楽の守備範囲はとても広い。

 私の耳には、クラシック、特にピアノの音がとても印象的であった。「高音フェチ」を自他ともに認めるgenmiさんは、ピアノの音でシステムの音決めをされているに違いないと思えるほどに、ピアノの音が鮮烈で、とても美しく響く。

 B&W 805SDの仕上げはピアノブラック。genmiさんの音の質感はまさにその光輝くピアノブラックの質感とダブル。

 私が持参したCDも3枚のうち2枚はピアノ協奏曲であった。ショパンのピアノ協奏曲第1番から第1楽章、そしてベートーベンのピアノ協奏曲第2番から第1楽章を聴かせていただいた。

 「爽快である・・・」高音のきらきらとした輝きが抜けきった質感で部屋にすっと響きやがて減衰して消え行っていく様は・・・まさに爽快そのものである。

 「くるみ」のオーナーは締めのパスタを出してくれた。「シラスとカラスミのパスタ」である。シラスの透明感のある味わいとややまったりとしたカラスミ・・・すべてには絶妙と言えるバランスがある。

 「すべてはバランス・・・オーディオと同じですね・・・」そんなことを言いながら、その美味しいパスタを二人はその胃袋の中に納めていった。そして気づくと、赤ワインのボトルは空になっていた。

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