2020/1/31

5073:立ち眩み  

 喫茶店「Mimizuku」の入り口には木製の古い扉がある。その扉の前に立ってノブに手を伸ばした瞬間、立ち眩みがした。

 両手を膝の上に置いて少し前かがみになった。血の気が引いていく独特の感じがすっと体を貫いていった。

 「それ」が過ぎ去っていったのを確認してから起き上がった。今までにこの状態から一瞬意識を失って倒れたことが2度ほどあったが、今日はそういうことはなかった。

 ノブを右手で回して扉を開けた。木製の扉の上部には鈴が取り付けられていて、乾いた音を2度鈍く響かせた。

 「いらっしゃい・・・」女主人のくぐもった声がその鈴の響きに続いた。店内には4人掛けのテーブル席が二つと、2人掛けのテーブル席が一つある。さらにカウンターには小さな背もたれの付いたカウンター席が4個並んでいる。

 4人掛けのテーブル席に女性客二人が座っていた。30代らしき女性二人は熱心に話し込んでいた。

 私はカウンター席に座った。ホットコーヒーを頼んだ。時刻は4時を過ぎたばかりでいつも頼む夕食には時刻が早過ぎた。

 コーヒーは1杯450円である。カウンター席に座ってスマホの画面を眺めていた。スマホの画面で眺めていたのは「ヤフオク」である。

 オーディオ機器の中に面白いものがあった。それは、サテライトスピーカーが二つとウーファーユニット一つで構成されている独自のスピーカーシステムである。

 「珍しいな・・・Redeemerがヤフオクに出ている・・・」と思ってその写真を見たが、厳密にはRedeemerではなく、その原型となったアメリカのTriad社のスピーカーシステムとのことであった。

 見た目的にはRedeemerと全く同じに見える。Redeemerは、OFF会で何度か聴いたことがある。

 Redeemerを広い空間に設置すると、そのサウンドステージは広大に広がる。その姿はそれほど大きなものではない。どちらかというとスリムでコンパクトである。その姿はどことなく神がかっている。なにかしら神秘的な造形美を誇っているのである。

 「これを落札して、寝室にサブシステムを構築しようかな・・・」ついつい変な方向に思考が向かう。

 10年ほど前、我が家にもサブシステムがあった。それは2階の寝室に置かれていた。しかし、当然のことながら家族からの風当たりは強く、妻からは「これ凄い邪魔なんだけど・・・」と攻撃され、撤収することになった。

 そういう経過があるので、想像するだけである。このスピーカーを落札したなら、当然駆動するアンプが要る。

 そういった妄想の連鎖によってスマホは操作され、「これとこれを組み合わせて・・・ラックはどうするかな・・・」などと進展していく。

 女主人が淹れてくれたコーヒーを飲んだ。いつも通りすっきりとした味わいである。一口二口飲んでカップをソーサーに戻した。

 するとカップとソーサーから「カタカタ・・・」と小さな音がし始めた。カップの中の黒い液体の表面に丸い波紋が幾つも広がった。

 その様子を目にして「地震か・・・」と思った。周囲をくるっと眺めた。小さな地震のようであった。

 テーブル席に座っていた女性客も気づいたようで「揺れたね・・・まだ揺れてる・・・?」と話していた。

 揺れはすぐに収まった。「震度2くらいかな・・・3ではないな・・・」と思った。スマホの画面に視線を戻した。

 そこには特徴的な形をしたスピーカーシステムの写真があった。それをしばし眺めてから、電源ボタンを押して画面を消した。




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