2015/7/3

3393;ベクトル  

 ピアノの序奏に続き、特徴的なヴァイオリンの旋律が流れ始めた時、私は「あ〜・・・」と思わず声を上げていた。

 Thorens TD124で聴くフォーレのヴァイオリン・ソナタ第一番は、演奏者が込めた情感といったものがより深く表出されているような気がしたのである。

 「随分と違うものですね・・・違うレコードがかかっているのかと思いました・・・」

 私はそう言って、組んでいた脚を組み直した。黒い革製のソファはかすかに軋むような音をたてた。

 「こういった1950年代のモノラル録音やステレオ初期盤なんかは、TD124が良いよね・・・LP12はもう少し掘り下げてほしくなるような物足りなさが出てくる。でも、1970年代以降の録音で広い空間が表現できるものや、1980年代前半のアナログ完熟期の高音質盤なんかはLP12の方が有利だと思うけど・・・」

 オーナーは新たなレコードを棚から一枚取り出した。ブルックナーの交響曲第5番である。指揮はオイゲン・ヨッフム。1980年の録音である。今度はTD124で聴いてから、LP12で聴いた。先攻・後攻が交代した形である。

 TD124で聴くと、この交響曲の持つ威圧感のある神秘性がひしひしと迫ってくる。空間的な広がりはそれほど感じられないのかもしれない。抜けきった感じはないようである。

 同じレコードをLP12で聴いた。一聴して感じるのはその空間表現力の高さ。さっと空間が広がりホールで聴いているような感覚が感じられる。ブルックナーの第5番交響曲が持つ一種の狂気のようなものは薄れるようだ。LP12の方が明らかにハイファイである。実際のコンサートホールで聴いている感じにより近づける気がする。

 「向いている方向性が違うって感じですね・・・どっちが良い音というような単純な基準では推し量ることはできませんね・・・どっちが好みというか・・・どの時代のレコードを尊重するかといった基準で選択すべきだと思いました。」

 私はそう言いながら、無意識にテーブルに置いてあるコーヒーカップを手にした。そして、残っていたコーヒーを口にした。それはもうすっかりと冷めていた。




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