2014/12/26

3204:ねこ  

 扉の鈴の音に誘われて、左前方に視線を移した。入ってきたのは小柄な女性であった。身長は155cmほどであろうか・・・クリーム色のコートを羽織っていた。女主人もすっと視線をその方向へ向けた。

 「ユミちゃん、いらっしゃい・・・」

 女主人はくぐもった声でそう言った。女主人の「ユミちゃん」という言葉に、触発されるように、その女性の顔に視線のピントを合わせた。見覚えのある顔であった。

 前回、Mimizukuに来た時に会った女性であった。歳の頃は20代半ばと思われた。目がくりっとしていてどちらかというと童顔である。

 向こうもこちらのことを認めたようであった。私が「また会いましたね・・・こんばんわ・・・」と言うと、「あっ・・・こんばんわ・・・カウンターいいですか・・・」と尋ねてきた。

 「もちろん、どうぞ・・・この曲が終わったら、どうぞ使ってください。」私はSONY CF-2580を指さしながら話しかけた。

 彼女はコートを脱いで一番左側のカウンター席の上に置き、その横の席に腰かけた。私と「ユミちゃん」と呼ばれたその女性との間にはカウンター席が一つ空いているのみであった。

 「いつものでいい?」女主人は、「ユミちゃん」に声をかけた。「ええ、お願いします。」そのやりとりをすぐそばで聞いていて、「いつものやつって何だろう・・・」と女主人の動向に注意を払っていた。

 どうやらそれは「ナポリタン」であるようだった。Mimizukuでは軽食も出す。メニューは二つのみ。ナポリタンとフレンチトーストである。女主人は、鍋にたっぷりの湯を沸かし始めた。

 時刻は午後6時半。彼女はここで夕食を済ませるのであろうか・・・そう言えば前回会ったときにこの店のそばに住んでいると言っていた。言葉の端々には地方なまりが見え隠れしている。きっと一人暮らしをしているのであろう。

 「ロックも聴かれるんですか・・・この前はクラシックを聴かれていましたよね・・・」

 彼女にそう訊かれて、私はコーヒーカップの脇に置かれていたカセットテープのケースを彼女の方へ向けて、「知らないだろうけどこのバンド・・・ピンクフロイド・・・私が中学生の頃とても流行っていたんだ・・・今はロックはほとんど聞かないけど、何だか懐かしくて・・・」

 「ピンクフロイド・・・何だか素敵な名前ですね・・・不思議な感じ・・・幻想的っていうか・・・曲もそんな感じですね・・・でもいい曲です。」

 「シャイン・オン・クレイジー・ダイアモンド」が終わろうとしていた。デイブ・ギルモアの粘り気のあるメロディアックなギターが心地良い響きをうねらせていた。

 「また持ってきているの・・・カセットテープ・・・」

 私がそう訊くと、「ユミちゃん」は人懐っこい感じの笑顔を見せて、「私好きなバンドがあるんです・・・インディーズなんですけどね、『ねこ』っていうんです。4人組で、和歌山のバンドなんです。私も和歌山出身で・・・ジャケットにいつも白黒の猫の写真を使うんですよ・・・」

 彼女はカバンから3本のカセットテープを取り出した。それをカウンタの上、ちょうどCF-2580の前に並べた。

 どうやら、彼女はそのバンドのことを話したくてしょうがなさそうであった。カセットテープを取り出して、それを並べたときの彼女の瞳には熱気がうっすらをこもっていた。




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