2014/9/21
3109:ヤビツ峠
ローディーを惹きつけてやまない峠がある。「ヤビツ峠」もそういった峠の一つである。チームでのロングライドでは年に1回ほどヤビツ峠に向かう。
峠の上り口までは約60km。上りが10km。往復で140kmと普段のロングライドよりも距離が長くなるため、第三日曜日の「ガッツリロング」でしか行けない。そのため年に1回ほどの頻度となる。
天候は穏やかなものであった。朝のうちは少し肌寒く感じたが、走り始めるとやがて汗が流れ始めた。
9台のロードバイクで形成されたトレインは、ヤビツ峠に向けて粛々と進んだ。新小金井街道、小金井街道、多摩サイクリング道路、野猿街道、国道16号、国道246号・・・いつものコースよりも比較的大きな道路を進んでいった。
ようやくといった感じで「名古木(ながぬき)」の交差点が目に入ってきた。ここを右折すると上りが始まる。ここからアタックするローディーも多いが、この先信号が二つもある。「信号厳守」がチームのルールであるので、名古木から2つ目の信号のところにあるコンビニまで皆でゆっくりと上り、そのコンビニで一息を入れてからスタートする。
このコンビニからヤビツ峠の頂上までの距離は約10km。普段のロングで上る峠よりも距離は長い。「ペース配分に気をつけないと・・・」そんなことを思いながらゆっくりとスタートした。

自然な流れで序盤から私は2番手のポジションに・・・前をいつも坂バトルで熱戦を繰り広げるメンバーが引いてくれていた。
その2台と後ろの集団は少し差が開いていた。1kmほど上った。「今度は私が引きます・・・」と先頭交代した。
「2台で1kmごとに先頭交代して中盤までは共闘体制をひいていこう・・・5kmを過ぎたらペースが上がるであろうから、それまでは脚を残しておかないと・・・」そんな構想を勝手に頭に描いていた。
2kmを上った。「そろそろ交代してもらおうか・・・」と後ろを見ると、かなり差がついてしまっていた。ORBEAどうし共闘体制を組む予定であったメンバーは体調が思わしくなかったようである。何度か振り向く私に「先に行って・・・」
想定した展開とは違うが、後ろの集団とはそれなりの差が開いていた。集団は半分くらいまではゆっくりと上って脚を温存して、後半ペースを上げる。逃げ切れる可能性はほとんどないが、一人で逃げる形となった。
脚は比較的よく回っていた。「行けるところまで行ってみるか・・・」負荷をなるべく変えず一人旅をしばし続けた。
一人旅は5kmほどまで続いた。半分を過ぎる頃に、リーダーに追いつかれた。そしてサクッと抜かれた。まあ、これはおり込み済みである。
そして7kmほどの地点でもう一人のメンバーにも抜かれた。どうにかすぐ後ろに張り付こうとしたが、すぐさま差は開いた。
20mほどの差がついたであろうか。どうにかその背中を視界の範囲にとどめておかないと、気持ちが切れてペースが落ちる可能性がある。その差を広げないようにクランクを回し続けた。
前を行く青いBHから目をそらすことなく激しく心臓と肺と脚を働かせていた。その差は広がることはなかった。どうにか前を行くメンバーの背中を視界に捉え続けていた。
徐々に残り距離が少なくなってくる。残り1kmほど。斜度が緩んだポイントでペースを上げて差を縮めた。すぐ後ろに貼り付くことができれば、ゴール直前のスプリント勝負を仕掛けられる可能性が残っていた。
「気付かれずにそっと後ろに張り付くことができれば・・・」そう思ったが、その作戦の決行には、決定的に不利なことがあった・・・
峠の上り口までは約60km。上りが10km。往復で140kmと普段のロングライドよりも距離が長くなるため、第三日曜日の「ガッツリロング」でしか行けない。そのため年に1回ほどの頻度となる。
天候は穏やかなものであった。朝のうちは少し肌寒く感じたが、走り始めるとやがて汗が流れ始めた。
9台のロードバイクで形成されたトレインは、ヤビツ峠に向けて粛々と進んだ。新小金井街道、小金井街道、多摩サイクリング道路、野猿街道、国道16号、国道246号・・・いつものコースよりも比較的大きな道路を進んでいった。
ようやくといった感じで「名古木(ながぬき)」の交差点が目に入ってきた。ここを右折すると上りが始まる。ここからアタックするローディーも多いが、この先信号が二つもある。「信号厳守」がチームのルールであるので、名古木から2つ目の信号のところにあるコンビニまで皆でゆっくりと上り、そのコンビニで一息を入れてからスタートする。
このコンビニからヤビツ峠の頂上までの距離は約10km。普段のロングで上る峠よりも距離は長い。「ペース配分に気をつけないと・・・」そんなことを思いながらゆっくりとスタートした。

自然な流れで序盤から私は2番手のポジションに・・・前をいつも坂バトルで熱戦を繰り広げるメンバーが引いてくれていた。
その2台と後ろの集団は少し差が開いていた。1kmほど上った。「今度は私が引きます・・・」と先頭交代した。
「2台で1kmごとに先頭交代して中盤までは共闘体制をひいていこう・・・5kmを過ぎたらペースが上がるであろうから、それまでは脚を残しておかないと・・・」そんな構想を勝手に頭に描いていた。
2kmを上った。「そろそろ交代してもらおうか・・・」と後ろを見ると、かなり差がついてしまっていた。ORBEAどうし共闘体制を組む予定であったメンバーは体調が思わしくなかったようである。何度か振り向く私に「先に行って・・・」
想定した展開とは違うが、後ろの集団とはそれなりの差が開いていた。集団は半分くらいまではゆっくりと上って脚を温存して、後半ペースを上げる。逃げ切れる可能性はほとんどないが、一人で逃げる形となった。
脚は比較的よく回っていた。「行けるところまで行ってみるか・・・」負荷をなるべく変えず一人旅をしばし続けた。
一人旅は5kmほどまで続いた。半分を過ぎる頃に、リーダーに追いつかれた。そしてサクッと抜かれた。まあ、これはおり込み済みである。
そして7kmほどの地点でもう一人のメンバーにも抜かれた。どうにかすぐ後ろに張り付こうとしたが、すぐさま差は開いた。
20mほどの差がついたであろうか。どうにかその背中を視界の範囲にとどめておかないと、気持ちが切れてペースが落ちる可能性がある。その差を広げないようにクランクを回し続けた。
前を行く青いBHから目をそらすことなく激しく心臓と肺と脚を働かせていた。その差は広がることはなかった。どうにか前を行くメンバーの背中を視界に捉え続けていた。
徐々に残り距離が少なくなってくる。残り1kmほど。斜度が緩んだポイントでペースを上げて差を縮めた。すぐ後ろに貼り付くことができれば、ゴール直前のスプリント勝負を仕掛けられる可能性が残っていた。
「気付かれずにそっと後ろに張り付くことができれば・・・」そう思ったが、その作戦の決行には、決定的に不利なことがあった・・・