2014/6/26

3022:短編集  

 家に帰りついた。耳の具合が変であった。聞こえないわけではないが、一枚の膜のようなものを介して音が認識されるようなのである。

 強力な轟音の振動は私の鼓膜をいたく傷つけたのかもしない。膜を通過して脳内の聴覚中枢に達するので、少々音がぼんやりとする。

 数日で回復するとは思われるが、長引くようならば、一度病院で検査する必要があるのかもしれない。

 そんな耳の状態では音楽を聴いてもその豊かな表情を充分に摂取することは難しかもしれない。そんなことを思いながら、リスニングルームのイージーチェアに腰掛けた。

 腰かけた瞬間、右耳の鼓膜に「キ〜ン」と響く音が鳴り始めた。耳鳴りである。その音はしばらく続いた。特に音量も音程も変わることなく、一定の音である。

 その耳鳴りは3分ほどで止んだ。耳鳴りが止んだのを確認してから、椅子から立ちあがり、真空管アンプの電源をONにした。数本並んだLEAK TL-1Oの真空管が淡くオレンジり色に輝き始めた。

 真空管アンプの場合、立ち上がりの音はとても褒められたものではない。最低でも1時間ほど経過しないと、その本来の音色を発してくれない。

 その待っている時間は、本を読んだり、一旦リビングルームへ移動してテレビを観たり、固定式ローラ台に設置されているロードバイクを漕いだりする。

 私は本を取り出した。ヘミングウェイの短編集である。幾つかの短編を読み終えた。スペインを舞台としたそれらの短編はひと時異国の風景と気温と空気の中に私を連れて行ってくれた。

 どのくらいの時間が経過したのか腕時計を確認した。アメリカ製のこの時計は正確性はいま一つである。頑丈であるのが唯一のとりえであるかと思われるその時計は、この座り心地の良い椅子に座ってから45分ほどの時間が経過したことを示していた。

 私は立ちあがって1枚のレコードを取り出した。Joan Fieldの演奏によるドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲である。

 立ち上がりはいま一つの感じである。徐々に音に滑らかさと余韻が加わってくる。耳の具合は、相変わらず鼓膜の振動が滑らかさを欠くせいか、いつもとは異なって聴こえる。

 「これは、もしかして・・・鼓膜の傷は固定化され、消え去ることはないのであろうか・・・」

 曲は第二楽章に入った。私はレコード針を一旦レコードから上げて、アームをアームレストに戻した。アンプの電源をOFFにして、椅子に腰かけた。

 サイドテーブルに伏せて置かれていたヘミングウェイの短編集を取り上げて、続きを読み始めた。海辺のシーンから始まる短編である。風景はふっと移ろっていった。




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