2014/6/17

3013:国道413号  

 河口湖を後にして山中湖に繋がる国道を走った。ゆったりとした上りである。7台のロードバイクで形成されたトレインは定期的に先頭交代をしながら、粛々と進んだ。直射日光は強く、長時間それを受け続けていると、疲労度が上がる。

 山中湖に達して湖の周囲を半周ほどした。湖の表情は変わらず穏やかであった。山中湖には遠い昔大学生だった頃テニスサークルの合宿で何度か訪れたことがある。その頃と雰囲気はあまり変わっていないような気がした。

 山中湖を後にすると山伏トンネルへの上り返しが待っている。距離も短く、斜度も厳しさはないが、すでに相当すり減って細く薄くなっている体力はさらに削られていく。

 山伏トンネルを過ぎると長い下りが続く。下りは体力を温存できる。しかし、疲れ切った状態での下りは危険もある。

 先月の塩山往復の帰りの下りで私は落車した。右カーブであった。その記憶が鮮明に残っている。どうしても右カーブに差し掛かるとその時の恐怖心が頭をもたげる。少々体の動きがぎこちないものになる。幸いその時には大きな怪我にはならなかったが、それは単に幸運でしかない。「多少スピードは犠牲にしても慎重に対処しなければ・・・」

 道志みち(国道413号)は長く延々と続く。下り基調ではあるが、所々上りもある。短い上りであれば、下り基調の勢いでやり過ごせる。

 しかし、少し長い上りもあった。歯を食いしばる。脚の筋肉が軋む。ダンシングでしのごうとするが、上体の力が不足していていかにも苦し紛れである。

 「ギシ・・・ギシ・・・」と筋肉が軋む音を発しているかのようである。疲れ切った筋肉は柔軟性を失うのであろうか。もうこれ以上絞っても一滴の水も出ない雑巾のようになりながら、その上りを上りきった。

 津久井のコンビニで最後の休憩をとった。補給食としてどら焼きを食べた。一口一口歯でちぎられて咀嚼されたどら焼きは胃袋のなかに落ちて行った。胃袋のなかにはどら焼きのための専用のスペースが設けられているかのようにすんなりと収まり消化されていった。

 7名のメンバーうち2名は相当消耗していた。腰に痛みがあるようである。私も脚はほぼ売り切れた。幸い往路で感じた腰の鈍い痛みは鋭いものには変化していなかった。

 ここから先はほぼ平坦のみである。街中の道を抜けて行った。やがて野猿街道に入り、多摩サイクリングコースの一部を走り、ようやく府中街道に差し掛かった。

 ここから東大和メンバーの3名は分離して北上していく。腰痛が発生したメンバーがいたのでゆっくりとしたペースで短くなったトレインは進んだ。

 日曜日の夕暮れ、府中街道は休日が終わりゆく穏やかでどことなく物悲しいような雰囲気に包まれていた。

 国分寺市に入って府中街道から脇道にそれた。住宅街のなかを抜け西武国分寺線の鷹の台駅の近くを通過した。

 その時ちょうど私のサイコンの走行距離が200kmを表示した。西の空は綺麗な茜色に染まっていた。「明日も晴れるのであろう・・・きっと・・・」ぼんやりとそう思った。

 旧青梅街道に突き当たって左折し、少し走ったところを右折してまっすぐ北上した。あたりは夕闇に包まれ始めた。

 ここまで一緒に走ってきたメンバーと一人また一人と別れた。一人になって体にすっかりと馴染んだ地元の道を走った。もう家までほんの少しである。「マイ・スウィート・ホーム」そんな言葉が脳内に染み出してくる。家がとても懐かしく感じられた。



2014/6/20  4:35

投稿者:tao

seiboさん
私も心のなかでは一泊したい気分でした。
さすがに200kmを超えると辛いですね。平坦で200kmならまだ良いのですが、峠を越えての200kmは脚にきます。2日ほど疲労感が抜けませんでした。

2014/6/18  20:37

投稿者:seibo

200キロのツーリングですか!僕だったら一泊ですね。
もういまさら焦ってもどうしようもないのでのんびり行くことにします!
ロードの世界はやっぱり別世界ですね。

http://eranderu.exblog.jp/


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ