2014/2/20

2897:次の1枚  

 私が中学生のころ家庭で音楽を楽しむ方法はレコードであった。大学生になった頃にCDが出た。そしてあっという間にレコードは駆逐された。

 今はインターネット配信が急速に伸びてきて、CDの販売枚数は減少の一途を辿っている。レコード、CD、インターネット配信という具合に音楽を楽しむ手段は変遷してきた。その変遷は、より便利に、より手軽に、より安価に・・・といったことが主たる動機となって行われてきた。

 その結果、現在はより便利に、より手軽に、そしてより安価に音楽を入手することが可能となった。

 わが家では知識と道具が不足しているためインターネット配信の恩恵を受けてはいないが、クラシックのCDは今現在「バナナの叩き売り」状態であるので、「大人買い」をしようと思えば、わずかな出費で数多くの枚数のCDを購入することができる。

 レコードもコレクターズアイテム以外の普通のレコードであれば、中古レコードショップで1枚500〜1,500円程度の価格で売られている。

 私が中学生だった頃(今から40年近くも前の話である)レコードは国内盤が2,500円ほど、河原町の十字屋で売られていた輸入盤で2,000円ほどの価格であった。

 その当時、普通の経済環境の家庭で育った中学生にとって、それはとても高価なものであった。1年に4,5枚買うのがやっとである。なので中学の3年間で購入できたコレクションは20枚にも満たなかった。それらのレコードを繰り返し聴いていた。それ以外は友人が持っているレコードをカセットに録音させてもらって、ラジカセで楽しんでいた。

 なので「次の1枚」を決めるのにものすごく時間と労力を使った。その頃は仲の良かった友人の影響で「プログレッシブロック」に嵌まっていた。YES、GENESIS、KING CRIMZON、PINK FLOYD、ELPなどのバンドがその代表格である。

 今は便利な時代となった。何十枚ものCDが入ったBOXが数千円で売られている。Amazonでポチッ!とすれば数日で自宅に届く。聴く時間がとても足りないほどのソフトがあっという間に手に入るのである。

 しかし、時折寂寞とした感情に囚われることもある。「何かが足りない・・・何かが不足している・・・」そんな気がする。

 1枚のレコードを買うために何度も何度もレコード店に足を運び、ようやく決めた「次の1枚」を搔き抱くようにして家に持ち帰る帰路のわくわく感・・・新たなレコードを我が家の貧相なコンソール型オーディオ装置にセットして針を下す瞬間のドキドキ感・・・初めて音が流れ出した時の何とも言えない充足感・・・そういったものが欠落しているような気がする。

 わずかばかりのレコードを、今の耳で聴いたなら貧相な音であろうと思う古ぼけた一体型のオーディオ装置(確かビクター製であった、友人が持っていたコンポーネント型オーディオ装置がうらやましくて仕方がなかった・・・)で聴いていた。

 レコード独特の匂いを鼻孔に吸い込みながら音楽を聴いていたあの時間は、今よりもより濃厚で充足していたような気がしてならない。 



2014/2/21  23:15

投稿者:tao

音楽おーでぃおさん、コメントありがとうございます。

時代の流れとはいえ、なんだかすべてのものが素早く、そして素っ気なく流れ去っていくような気がすることがあります。

昔はもっと時間がゆっくりとしていたような気がするのは、単に年をとったからだけかもしれませんが・・・

2014/2/21  9:12

投稿者:音楽おーでぃお

こんにちは。
相当おひさしぶりレスですが、毎回拝見しています。

taoさんのおっしゃるとおり、学生の頃何十回も聞いたCDは最近では殆どありませんね。
封を切ってないCD(レコード)も溜まっているし、1回聞いて眠っているものも結構あります。駄作はともかく好みでないもの、難解なものは繰り返し聞かないと良さや本質は見えませんよね。
もちろん気に入ったものは何回も聞いています。

簡単に手に入れると、簡単に扱ってしまう。
消費者も製作者も作品に対するリスペクトが大切ですね。
考えさせられました。

ps:新オーディオルームおめでとうございます。良い結果になると良いですね!


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