2014/2/19

2896:決定盤  

 スポーツでははっきりと結果がでる。女子フィギュアスケートSPはこれでもかというくらいに明暗が分かれた。

 日本の期待を一身に背負った浅田真央は、最初のトリプルアクセルで転倒した。コンビネーションジャンプでも大きな失敗をしてしまい、まさかの16位・・・明日のフリーでの巻き返しの可能性があるとはいえ、金メダルは絶望的な状況である。演技を終えた直後のインタビューでは、茫然自失といった表情を彼女はしていた。

 一方、前回オリンピックの覇者であるキム・ヨナは精神的な強さも持ち合わせていた。完璧な演技で首位にたった。二連覇の可能性が高まった。

 なんだか心が痛むというか、重苦しい気分になった。報道では「調子が上がっている・・・練習では何度もトリプルアクセルを成功させている・・・」と繰り返し流されていたので、いやがうえでも期待感が高まっていた。

 スポーツでは、結果が数字で表わされる。得点であったり、タイムであったり、順位であったり、その数字は絶対である。

 一方、芸術は数字で表わされることは本質的にはない。「ゴッホは9.8だけど、セザンヌは9.3・・・よってゴッホの勝ち!」なんてことはあり得ないのである。

 クラシックのコアなマニアにおいて、よく話題に上るのは「決定盤」選びである。たとえばベートーヴェンの交響曲第5番の演奏において、最も優れたレコード(あるいはCD)はどれか・・・といったことがまじめに語られるのである。

 「やっぱりフルトヴェングラーの47年盤でしょう・・・」

 「いや、いや、トスカニーニ指揮のNBC交響楽団の演奏は贅肉を削ぎ落とした究極の演奏だよ・・・」

 「絶対にクライバーだよ・・・まるで燃え上がるような演奏だ・・・」

 そんな会話がループ状に繰り返されるのである。演奏家の違いを聴き比べて楽しむのはクラシックファンの大きな楽しみである。

 しかし、芸術を数値で表わすことは絶対にできないので「決定盤」選びは満場一致で終結することはない。

 個人的な好みのなかで「やっぱり、これでしょう・・・」という範囲内ならもちろん構わないのであるが、「絶対にこれ!あとはクズ・・・聴く気もおきない!」といった話をされると、心の中で失笑してしまう。「もう少しおおらかな気持ちで音楽を聴けば・・・」と言いたくなってしまうのである。



2014/2/21  7:28

投稿者:tao

ウェストミンスターさん、コメントありがとうございます。

確かに同じレコードを、同じ装置、同じ部屋で聴いているのに、日によって違った印象を持つことがあります。

コアなオーディマニアが音楽よりも音に意識が集中しやすいのと同様、クラシックマニアも行き過ぎると音楽よりも演奏にばかり意識がいってしまうことがあるようです。注意しないと・・・

2014/2/21  5:57

投稿者:ウエストミンスター

Taoさん,はじめまして。
楽しくブログを読んでいます。

クラシック決定盤についての意見,激しく同意です。
フルベンの47年盤だって,鳴らす人によって様々な音がしていると思いますし,また,聞く人の心情によって,同じレコードが違って聞こえることもあると思います。

その時々で,演奏家を選び心を込めて再生すれば良いのだと思っています。良い音とは自分の好きな音だと信じています。他人に聞かせて褒めてもらうためにレコードを再生しているのではないと思うんですが・・・。

自分が死んだ後,私の再生装置で,モーツアルトのピアノ協奏曲第27番第2楽章をギレリス(p)ベーム指揮ウィーンフィルで再生してもらって「ああ,この人はこんな生き方をしてきたんだなー」と思ってもらえたら最高です。


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ