2013/4/15

2587:トンネル  

 ロードバイクでとあるトンネルの中を走っている時であった。私はひとりで走っていた。トンネルの中はとても暗い。若干の照明は付いているが、随分古くに作られた山の中のトンネルであるので、その光はかすかなものでしかない。ロードバイクのハンドルに取り付けられている小型のLEDライトを点灯させる。これも心許ない光しか発しない。

 トンネルの中では、車やバイクが通るとそのエンジン音が盛大にトンネル内で反響して轟音に近い音量で迫ってくる。なにかしら怪物めいた音がまず身に降りかかり、そしてやや遅れてライトを光らせた車やバイクが通り過ぎていく。

 さらに前日に強い雨が降っていたりすると、トンネルの天井から水が漏れていたりする。さっさとやり過ごしたいトンネルであるが、思いのほか長い。

 ちょうど中間地点ぐらいに差し掛かった時であった。後方から轟音が響いてきた。それは後方から追い風に乗ってやってきて通り過ぎていくかのように響き渡ってきた。きっと後ろから来る車のエンジン音であろう。

 そう思った時、遠く前方の方から車のヘッドライトらしい二つのオレンジ色の光が目に映った。すると今度は前方からの獣の唸り声のような反響音が送り出されてきた。

 その逆方向の二つの爆音の流れがちょうど私のところでぶつかり合うような感じである。まさか、その爆音同士が打ち消し合ったわけではないであろう。一瞬音が止んだ。まだ後方の車も前方の車も私のロードバイクをかすめて通り過ぎてはいない。

 音が止んだと思ったら、周囲の景色の色合いが変わった。今までは薄暗い黒が占めていた周囲の空間の色合いがすっと灰色に変わったのである。灰色に塗り込められたといったほうが適切であろうか。

 そして、ペダルが妙に重くなった。平坦な路のはずである。「上りに変わったのであろうか・・・」いぶかしく思った。しかし、脚は重い。なにかしら重力の値が変わったように感じられた。

 不思議な時間と不思議な空間であった。「もしかして、何か見えたり、何か聞こえたりするのであろうか・・・」私は身構えた。幻影なり、幻聴を取りこぼさないようにしようとした。

 時間してどのくらいであったのであろうか、数秒か、数分か、きっと現実の時間の流れとしてはごくわずかなものであったのであろう。しかし重くなった重力に引っ張られるように時間も歪むのか、わたしには長い時間に感じられた。

 結局、何も見えなかった。そして何も聞こえなかった。再び前方から来る車のヘッドライトが大きなって目に入ってきた。よみがえった爆音を響かせながらすれ違った。それとほぼ同時に後方から来た大型バイクが低音の巨大なうねりを残しながら、追い越していった。

 しばらくするとトンネルの出口の丸い光が見えてきた。脚の重さも消えた。私は脚に力を込めた。トンネルを出た。そこは光の世界であった。季節は春である。新緑の緑がまぶしい。その色合いは、生命そのもののように思われた。

 トンネルは不思議な空間である。どこか別の次元に繋がっているような、そんな不安定な空間である。明るい陽光の中を走りながら、映画「千と千尋の神隠し」のあのトンネルのことが思い出された。「帰りは別ルートで帰ろう・・・豚にされてはかなわない・・・」そう思った。




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