2012/6/17

2285:なす  

 久しぶりに妻の実家を訪れた。戦前に建てられた家は随分くたびれてしまっている。大谷石で築かれた石垣は良い感じに古びた風情を帯びていて、一か所色の異なる石で覆われている部分がある。

 「戦争中に空襲を受けて、不発弾がここに落ちのです。直撃を食らって石垣の一部が崩れてしまった。でも、その爆弾が不発弾でなければ、この家もなくなっていたのですがね・・・」

 義父は笑いながらそう話したことがあった。義父は小学生の頃からこの家に住んでいる。今では半ば朽ち果てたような外観となっているが、建った当時はきっとモダンな造形物であったのであろう。

 庭には大きな木が数本、その太い幹を誇らしげに伸ばし、古びた家屋に対峙している。何度か建て直しの話が出ているのであるが、義父は決して首を縦にはふらない。

 この家と自分自身の人生とを、重ね合わせて見ているのであろうか。確か妻の祖父がこの家を建てた時、義父は小学校2年生であっと、聞いた記憶がある。

 となると、義父の人生とこの家とが共有してきた時間の累計は相当な年数になる。その間には、戦争があり、空襲があり、両親の死があり、自分の家族の生活があり、子供たちの独立があり、自分自身の老いがあった。

 義父にとって、この家を取り壊すことは、自分自身の人生を取り壊すことに繋がるような気分になるのかもしれない。

 「春先の強風で庭にあった物置が壊れてしまってね・・・その跡地に、なすの苗木を植えたんですよ。結構伸びているでしょう・・・」

 庭先に出て大きな庭木を仰ぎ見ていた私に、背後から義理の母が声をかけた。

 「そうなんですか・・・」

 と、曖昧な返事をしながら、そちらの方を見てみると、プラスチック製の棒に沿うようにつるが伸びていて、小さななすが生っていた。

 「小さなのが生っていますね・・・」

 形は小さいが、輝かしい紺色のなすが控えめにこちらを覗いていた。この家の年齢は今年で80歳である。80年という気の遠くなるような長い年月は確かに存在した。その証拠はあの石垣の不発弾の痕であり、大きく育った庭木であり、壊れ去った物置の跡地に小さく生ったなすの実なのであろう。




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