2009/11/24

1350:「型」  

 愛犬メリーが右前足をを骨折してから1週間が経過した。昨日動物病院に診せに行ってきた。経過は比較的順調な様であるが、ギブスが取れるのは、まだまだ先のようである。

 右前足はしっかりとしたギブスで固められているため、その他の3本の足しか使えない。なので、よたよたしている。

 家族がいるときには庭に出したりはしているようであるが、散歩は当分無理なようである。朝は私が、夕方は妻が散歩の係りであった。その日課が無くなってしまった。なんとなく日々のリズムが狂ってしまう。歯磨きをしないで寝てしまったときのような歯車が合っていない感じを受ける。

 人間は習慣の動物である。日々一定の行動を繰り返していると、それが定着し習慣化する。習慣化すると逆にそれから逸脱する行為のほうが違和感があるというか、難しくなるものである。

 ベッドのなかでの所作も一定の習慣化された「型」がある。これは本人の性格や行動パターンと相当関連があるのかもしれないが、長年にわたって継続されたものは「型」になる。

 残念ながら「雲竜型」とか「不知火型」といった立派な名前は付いていないのであるが、もしもゆるされるなら、その「型」に名前でも付けたいくらいである。

 「雲龍型」は、せり上がりの際に、左手をわき腹に当て、右腕を右前方へ流す形を取り、そこからせり上がる。一方、「不知火型」は、両腕を外側前方に流す形を取り、そこからせり上がる。

 「不知火型」は左右対称でおおらかでダイナミック。「雲竜型」は力強さのなかにもどことなく気品というか形の美しさを追求したようなところがある。

 では、土俵入りの型ではなくベッド・インの型にはどんなものがあるのであろうか?代表的なのは「白蛇型」と「流体力学型」である。

 前者の「白蛇型」は白いヘビがまとわりつくようなせり上がりを見せる。一定のゆっくりとした速度で非常にタッチが柔らかく滑らかである。その目は瞬きすることがないのかと思わせるほど冷徹に澄んでいる。

 一方「流体力学型」は非常に不規則である。リズムも強弱も不規則に変化しその予測が難しい。相当能力の高いコンンピューターソフトを駆使しないとその法則性を探ることは難しく、一見無秩序である。しかしその裏には複雑に絡み合った力学の法則に基づいた瞬間的なきらめきが隠されているのである。

 そういった「型」が長い年月の間に形作られると、その「型」にしたがって行動できると安心感が得られる。人間は根源的に「安心」を求めるもの。なので形成された「型」は大事にしたいものである。




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