2009/3/30

1109:3月30日  

 「フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん フランシーヌの場合は あまりにもさびしい 三月三十日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ」

 1969年の3月30日、パリで一人の女性が焼身自殺した。べトナム戦争とビアフラの飢餓問題に抗議してのことであった。その女性の名前はフランシ ーヌ・ルコント(Francine Lecomte)。

 同じ年に、新谷のり子さんが「フランシーヌの場合」という曲を唄い話題になった。このレコードは80万枚を売り上げた大ヒットとなったのであるが、時は安保闘争の真っ最中、その時代の流れに乗ったのであろう。

 この歌は一回聴くと頭から離れないほどのインパクトがある。とても悲しげなメロディであるのであるが、何かしらその芯の部分はとても強固なものを感じさせるのである。

 この歌の最後は「フランシーヌ フランシーヌ」と名前を連呼するのであるが、その悲しげな響きは幼かった私の頭に鮮明に刻まれたのであった。それと私にとって名前以上に印象的であったのは、「3月30日」である。

 3月30日は私にとっては特別な日である。日曜日ではなかったはずであるが3月30日に私は生まれた。今日は46回目の誕生日である。

 もう少し遅れれば学年が一つ違っていた。ぎりぎり滑り込んだ感のある誕生日である。小学生の低学年までは、4月や5月生まれの子とは体の成長の面でも学力の面でも結構差があったのを思い出す。小学生の高学年になればそういった差はほとんどなくなったが、1年近い差があったのであるから小さな子供の時には結構大きなことであった。

 この年になれば、もうおめでたくもないのであるが、年に一回のことであるので家族そろって食事をした。46年生きてきた。思い出したくない失敗も数多くあるのは当然であるが、家族そろって楽しげに食事する様を目にしていると「これでよかった・・・」と心から思える。




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