何が寂しいというのだろう。
光はいつものように照らしてくれる。
ラジオはいつものようにリズムを刻んでくれる。
朋は忙しく動いている。
足りないものなど何もないはずなのに、
何かが足りない。
だからこそ寂しい。
届くべきものが届かない。
届けるべきものを届けていない。
そのものが何だかわからない。
言葉になりえていない何かが
私の中で叫んでいる。
それを私は聞くことができない。
聞こうとしていないのかもしれない。
聞こうとしていないのはなぜか?
いつでも聞いてくれる眼
いつでも聞いてくれる指先
いつでも聞いてくれる口
それなのに、私はなぜ聞こうとしないのか?
私が私であるがゆえの何かがそれを阻止しようとしている。
認めたくない。
語りたくない。
とどめたくない。
それは自分の弱さ
変わることへの抵抗
さらけ出すことへの抵抗
壊れることへの抵抗
植物は天と大地への感謝を知っている。
動物は天と植物への感謝を知っている。
人は天へも、大地へも、植物へも、動物へも
感謝を忘れている。
植連鎖の上位に立つ者として
その坐で上ばかりを見ようとしている。
まして、人が人へ感謝することも忘れている。
感謝することの思いを忘れていることが寂しい。
奪うことにのみ自己の存在を確認している事実に
寂しさを感じる。

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