【twitter】2011年5月以前
無になるとは、雑音の中では聞き取れない音があるが、早朝の静寂な時の中で遠くの微かな音が聞こえるようなものである。思考という雑音で聞くことのできなかった、神聖な音が、智慧が聞こえてくる。
説いたとしても月さす指しかない者が大部分な上に、多少進んでいたとしても、月が雲にぼやけているのを見ることができる程度が精いっぱいである。
月を明瞭に見ることのできる者はわずかであり、月に立つことのできる者の存在は奇跡だろう。
月に立つ者に月を説いたところで何の意味があろう。

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