「ロバート・フリップ&ジ・オーケストラ・オブ・クラフティ・ギタリスツ その2」
ギター・クラフト
しかし、本番まであと3日と迫った頃、音楽に変化が現れはじめた。
いつものごとく、ロバートの「用意が出来たら始めてください。」からスタートする。誰からともなく音を鳴らし始める。何かが違う。
お互いが聴きあっているのが分かるのだ。誰かが投げた石が水面にさざなみを立てる。それに反応して、またさらに波がいろんな方向からやってきては混じり合う。化学反応が起きている瞬間だ。ある時はほんの一音だったり、ある時は優しいハーモニクスだったり、またある時はちょっとしたフレーズだったり、それぞれの音にそれぞれが反応しあって、その瞬間にしか存在しない音楽を奏でてゆく。
そしていよいよ本番当日がやってきた。
客席中央部に「特設ステージ」を作り、そこに二重の円を描くように椅子を配置する。そしてそれを取り囲むように客席が設置される。
ZUMは内円の端に陣取る。ロバートは指揮者の役割も果たす。
50人のギタリストが登場し、それぞれの席に着く。そしてロバートが円の中心に入ったところでコンサートは始まった。最初の「マジック・コード」が鳴らされる。様々な不協和音である。それに続き数度にわたりコードが鳴り響く。そしてロバートは自分のポジションに戻った。
さて、本番もやはりロバートの「お題」が与えられた。「用意が出来たら、始めてください。」最初はいつも通りである。リハーサルとは似て非なる音楽が始まった。そして約30分の完全即興演奏の後、オーケストラは一旦退場し、ZUMがステージに上がる。お馴染み「Lo Que Vendra」「Reverie」、「Romanian Folk Dances」など約20分のセットである。
そして「I Wish」で秦野文均が熱いソロを繰り広げている間に、オーケストラは客席左右の通路に二手に分かれて登場した。ZUMもステージを降り、上手側のグループ後方に加わる。
そして始まったのは'Whizz Circulation'である。'Circulation'とは、ギタークラフトでもっとも特徴的なテクニックの一つである。一人1音(1コード)を次々にリレーのように弾いていく。時にはある決められたメロディーだったり、またはスケールだったりする。'Whizz Circulation'とは、超高速で次々に不協和音のコードをリレーしていくのだ。客席両サイドで繰り広げられる超高速リレー。しばらくしてロバートはそのまま移動して客席を取り囲むように促した。聴衆を取り囲んでさらに続く'Whizz Circulation'。
そしてオーケストラは再び退場。ZUMの後半ステージが始まった。新レパートリー、バルトークのピアノ組曲より「Allegro Molto」、そして「Back In The USSR」と続き、最後は「The Whip」と熱い曲が続く。
そこでオーケストラが三度登場。今度は中央の「特設ステージ」に着席。約20分の即興演奏を行なった。そして静かに「ステージ」を去ってゆく。満員の聴衆のアンコールに応え、今度は「楽屋」として使用していた2階席にて'Whizz Circulation'を行なう。約10分ほどの演奏の後、未発表であるサウンドスケープのテープがフェード・インし、終演となった。
即興演奏では、前に起こったことを期待して同じようなことをしようとすると失敗する。同じお題が出たからといって、同じような演奏をしても(仮に全員が全く同じ演奏をしてとしても)失敗に終わる。何も期待せず、五感を研ぎ澄まし、ただ感ずるままに反応するほうがうまくいく。今回のコンサートでは、リハーサル中に出されたものと同じお題がいくつか出されたが、メンバーの幾人かは同じ演奏・同じ内容を期待していたのだろう。リハーサルほど良い出来には感じられない曲がいくつかあった。
ロバートによると、1985年に最初のギター・クラフト・コースを行なった時、このオーケストラの構想が頭に浮かんだのだという。24年の歳月を経て、遂にそれが実現したというわけだ。その後1991年まで精力的にコースを開催し、それ以降は他のクラフティ達が運営を行なうようになった。先ごろロバートはこう語った。「来年3月の開設25周年の記念日をもって、ギタークラフトはその存在を停止する。」この5月は米国、そしてこの夏はスペインで初級・中級コースがロバートの指導の下に開催される。そして来年の3月にはおそらくアルゼンチンで、「最期の」コースとオーケストラ・オブ・クラフティ・ギタリスツのパフォーマンスが開かれるはずである。
ロバートの日記(オーケストラ及びZUMの写真あり)

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