2007/3/14
四時の汽車 昭和二十九年〜三十八年@
靴音が近づき胸を踏んで過ぎ
鏡拭うて何を見ようとする女
髪に挿す悲願のごとき珠ひとつ
嫌い抜くために隙なく粧いぬ
寂寞の目にチラチラと日向水
つらなってわたしを去ってゆく電車
人や憂し鰯はザルに溢れ居て
思うひとの物縫う倖せを知らず
今をのみ考えている犬の如く
塔を仰ぐ無ではないかも知れない死
花火の群れの幾人が死を考える
伏して哭く河のひびきを一身に
羨むは闇に呑まれてゆく列車
散る前の花にも似たる憤り
嘘を聞く暗さが実に有難し
こぶしにしても女のまるいこぶしかな
掌の中に響き鳴く蝉握りしめ
発狂の日の八月は当を得し
飢えて死ぬ金魚狂うて死ぬ金魚
瞳孔をしぼって嘘を見ています
百舌鳥の舌裂けて私も眠り落つ
剥製のまなこは閉ずるのを忘れ
雪しんしんひとり未遂の罪育つ
死顔の美しさなど何としょう
海は満つることなし抱く闇深し
絶望の陽は傾くを忘れたり
花の芯思いつめたるものの芯
銃口の前刻々に透きとおり
背信の夜明けの闇のその重き
罪の眼をひらくと見える樹々の冬
おそろしい音がする膝抱いており
罪ここに二枚の爪が生えてくる
或る決意動物園の檻の前
とどまれば倒れる風を切ってゆく
花燃して残忍の自慰極まりぬ
掌に光る蛍の息に息を和し
灯台のとどかぬ海に置く心
静かなる日の拷問に陽が昇る
かなしみは遠く遠くに桃をむく
泣きながら数える恥の多きこと

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