顎のはずれた鯨

現代川柳はどこへ向うのかー言葉は私たちに何を与えてくれるのか

 

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投稿者:明
黄八丈への長い間の偏見と誤解を丁寧に解いていただきました。それにしても歴史の深さにあらためて驚いています。
投稿者:八丈ながれ
浄瑠璃に恋娘昔八丈、歌舞伎に梅雨小袖昔八丈と言うのが有るそうです。実話を題材にしたお話らしいのですが内容は良く知りません。主人公の娘さんが黄八丈をきていてその娘さんが飛び切りの美人だったのでその後、黄八丈が庶民の間に流行ったそうです。ちなみに外題に黄の字は入っていません。
とりとめの無い話で長くなりましたが、島タンゴは白生地(黒紋付や小紋にします。今でも多くく織られています)男物(黒と濃い樺色の小さな絣で価格は細かい作業の為、女物より高価です)また女物でも黄色を使わない無地物や縞柄、格子柄等が
あります。一般の人は八丈島では皆さんがご存知の黄色を主とした縞や格子の黄八丈しか織っていないと思われがちですが、そうでは無いと言う事を最後に申し上げて終わりにしたいと思います。
黄色の入っていない黄八丈って矛盾してますね。やっぱり、昔のようにタンゴの方が良いですね。でも黄八丈の造語を作った人、実にうまい。
投稿者:八丈ながれ
いきなりブログにありましたので驚きました。どうかコメント欄の方でご勘弁を。
ご承知の様に島の織物は昔から大変素晴らしい織物です、その為1515年には、かの北条早雲と、三浦道寸がこの織物を貢絹させんが為に小さな島で戦った歴史があります。
そして徳川時代に入り貢絹制度が確立されました。
どのような織物を公租として納めたかと言いますと。1)上平紬は、初め白無地(白タンゴ)でしたが後に黄色の無地で長さ、目方等も決められていました。2)合糸織は縞柄でこれは大奥専門で上平紬の五反分の価格に匹敵する超高級品です。さすが大奥と言うところでしょうか。他に帯類が有りますが省略します。
お読みになった小説の中で娘さんが、黄八丈の作務衣を着ていたとの事ですが、市中の呉服屋で売っていましたので作務衣はともかく、大店の奥様やお嬢さんが黄八丈を着ていた事は確かな事です。しかし普通の奥さんや娘さんには数も少なく高価でとても手が出なかったのではないでしょうか。
そこで、米沢初め各織物の産地で黄八丈を真似た織物が織られました。米沢八丈ご覧になったようですね。これらは黄八丈の偽物ではありません。立派な文化として現在でも続いている事でもお分かりかと思います。価格が20分の1位ですから、おそらく町娘はこちらを着たと思われます。
荷風の小説に出てくるお姐さん達はどうでしょうか。粋な女将さんなら本黄八でしょうが、お姐さん達は米八か、それとも女将さんのお下がりでは・・・。紅灯の巷歩きたかったですが、生まれるのが遅すぎたー、ウーン残念。
2頁めはこの辺で。次回が最終ですもう少しお付き合いの程。
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