顎のはずれた鯨

現代川柳はどこへ向うのかー言葉は私たちに何を与えてくれるのか

 

カレンダー

2021年
← July →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

QRコード

過去ログ

記事カテゴリ

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:八丈ながれ
明様 初めまして八丈ながれと申します。20日に読ませて頂きました。どなたかが黄八丈について投稿すると思いそのままにしておき、今、再度拝見しましたが、コメントが無いので八丈島在住者として浅学の身ではありますが、コメントをしたいと思います。
最初に八丈島、及び黄八丈について興味を抱いて下さった事に、かって黄八丈に少々関わった者として感謝します。
黄八丈全般について述べますと一冊の本になってしまうくらい長くなりますので、要点だけに絞ってみますが、それでも長くなる事をご承知おき下さい。
それと私は、明様と違い文筆家では有りませんので文章や説明が下手です。ブログを読んで、川柳をする人の文章はサスガーと感心しております。
本題に入ります。まず黄八丈と言う造語は戦後生まれました。ではそれまでは何と呼ばれていたのかと言いますと、島ではタンゴ、シマオリ、シマモノ等と言っていました。一般的にはタンゴ(丹後縮緬からきたと思われます)と呼ばれ今でも、70歳以上の人はそう言います。この事は島の者は誰でもが知っている事です。ですから時代小説や時代劇で黄八丈と言う言葉や科白があるのは、島の者としては、おかしいと思うのですが、一般的には分かりやすいのでそれはそれでいいと思っています。
長くなりましたので1ページ目はこれで終わりますが読み終わりましたら、 米沢八丈(ヨネザワハチジョウ)を検索して上から5番目位迄目を通しておいて下さると次の話がしやすくなります。では。
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ