川柳に「自己愛」という言葉を持ちこんだのは時実新子かどうかは分からないが、新子の「川柳は自己愛」はある時期の口癖だった。「自分で自分を愛してやらないでどうするのよ」。ただ新子の言う「自己愛」は、自分を飾ることでもなければ、慈しむことだけではなかった。自らの傷口を言葉によってさらに広げる残酷で自虐的な愛もあれば、わが影を冷徹に見据える愛もあり、いまさらのようにわが身におののく自己愛もあった。いちいちここで紹介するまでもなく多くの名句が残されている。
しかし、新子の没後ひとり歩きしている「自己愛」という言葉は、「幸せ」という安全圏に身を置いて文字通り自己を慈しみ、自己を飾り、自己を正当化する自己報告のみに消化されているように思えてならない。勿論、「不幸」になれというのではない。幸せや不幸は自分の表面を流れている木の葉のようなもので、そんなものをいちいち書いても仕方がない。もっとしっかりと自分の内面を凝視すれは「自己愛」の本当の意味が見えてくる。

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