もし伯父が天下を獲っていたら

2010/11/29 | 投稿者: 平慈照

以前に、平将門公はおそらく天皇に取って代わろうとしたのではなく、後の世でいう幕府を開いて将軍になりたかったのだろうという論を書いた。つまり、京都朝廷を否定したのではなくそれとは別の次元の政権を作りたかったのだ。ただ、当時の語彙では征夷大将軍とか幕府という言葉はあっても、後の時代のように「征夷大将軍=国家元首」「幕府=政府」という用法はなかったので、将門公も自分の意図を上手く表現できず、「例えば天皇のような政権の長」という意味で新皇を名乗ったに過ぎないと思う。そしてそれが誤解を招いた──。

ではもし、将門公が京都朝廷を打倒して日本全土を支配するようになったら(その意思は無かったと私は確信するが百歩譲ってifを考えた場合)、朝廷の廃絶・天皇制の廃止をしただろうか。将門公の天下獲りは王権の危機になっただろうか。
私はその可能性はなかったと考える。京都朝廷を打倒した場合、将門公はきっと皇位に就いただろう。桓武天皇の皇胤なのだからその資格が無いこともない。つまり朱雀天皇の次、第62代天皇になるだけで朝廷や天皇を廃止することは無い。明の朱棣は建文帝に反旗を翻してこれを倒し、帝位に就いて永楽帝となったが、それまでの初代朱元璋以来の皇統を否定して新王朝を開くのではなく、明朝の三代皇帝になった。それと同じことである。つまり、天慶の乱は将門公による「反乱」ではなく、壬申の乱のような「皇族内の帝位争いの延長」と考えて良い。もっと言えば、将門公には朱雀天皇を廃する意思もなかったので、自分が帝位に就くのではなく朱雀天皇を立てて自らは摂政になるにとどまったかもしれない。こう考えると将門公の挙兵はどう転んでも王権の危機ではなかったことになる。朝敵に非ず。
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