日出處日沒處

2010/10/22 | 投稿者: 鹿苑院

日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや…

聖徳太子が小野妹子に持たせて隋の煬帝に送ったこの国書は、当時の感覚からすればすさまじい度胸である。アジア社会においては中華帝国は絶対的な権威であり、どの国も大隋の顔色を窺わなかった国はない。それを東海の小さな島国である日本が対等の態度に出ているのである。
ちなみに、よく誤解されているがこの国書で対等の態度というのは「日出ずる処、日没する処」という文言ではなく(そんなものはただの方位を表す言葉に過ぎない)、「天子」という称号を使っていることである。天子とはすなわち皇帝(天皇)のことだが、中華思想においては天子は中華皇帝以外にこの世におらず、周辺諸国の元首は「王」と呼んだ。この世にたった一人の「天子」であるはずの煬帝にしてみれば、日本の「王」ごときが自分と同じ「天子」を名乗ったからなめとんのかとなるわけである。

かくのように、中国に対して一歩も譲らない毅然とした態度を示した偉大な先人がかつて日本にはいた。これが現今でも日本人のあるべき姿である。なお、私は菅政権が中国に対して弱腰だとは思わない。戦後日本の対中国外交では最も強硬な態度を見せていると言っていいのではないだろうか。自民党の谷垣総裁が「菅政権は中国に対して弱腰過ぎる」と街頭演説していたが、どの口が言っているのかと思う。自民党政権はそんなに毅然とした外交をしていたとでも言うのだろうか。
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