兄弟宗旨

2009/7/15 | 投稿者: 鹿野苑

浄土真宗が一向一揆を起こして織田信長その他の大名と抗争を演じてきたのに比べて、その兄弟宗旨ともいうべき浄土宗はほとんど為政者と軋轢を起こしたことがないようだ。
宗教勢力の政治介入を嫌った織田信長が安土城下に造った総見寺も浄土宗だった。一向一揆と死闘を演じた信長が安土城の階段の下に浄土真宗形式の阿弥陀如来像をさかさまにして埋め、階段を昇り降りするごとに踏みつけるようにしたのとはえらい違いである。徳川家康も一向一揆と戦って勝利してからというもの、領内で浄土真宗を20年ほど禁教にしたが、家康自身は熱心な浄土宗の信者だった。浄土真宗嫌いで有名な薩摩藩(キリスト教よりむしろ浄土真宗を強く取り締まっていたと言える)も浄土宗を禁教にしてはいない。これらすべて、浄土宗がほとんど政治に口出しせず宗教活動に専念してきたことの賜物である。
私はこの穏やかさこそ浄土宗の魅力で、大人の宗旨だなあと思っていたのだが、いやはや、ものにはいろんな見方があるものだ。すなわち浄土宗の大人しさは、日本の中心であった京都で発展したために権力者に気に入られるように法然上人の死後、ある程度教義の点で妥協をしたためのもので、逆に当時は田舎だった関東に流された親鸞聖人はそういう遠慮がいらずにとことん法然教学を貫けたのではないかという趣旨の文を読んで納得もし、うれしくもなった。そう言われればその指摘は正しい。浄土宗が比叡山からの圧力を避けるために天台宗の教学や儀式作法を取り入れたことは確かである。それゆえに浄土真宗のような「鮮鋭さ」があまりなく、「普通の日本仏教」という感じが浄土宗にはするのだ。
まあともかくもこの文のおかげである種の浄土宗に対して感じていた引け目のようなものが一つなくなった。やはり浄土真宗は「浄土の真の宗」だったのだ。

…実はもう一つだけ浄土宗への引け目がある。それは念珠の形。あの独特の二輪の形、かっこいいんだよなぁ〜。
2



コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ