白骨の章

2009/5/26 | 投稿者: 鹿野苑

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものはこの世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。
さればいまだ万歳の人身を受けたりということをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてだれか百年の形体をたもつべきや。われや先人や先、今日ともしらず明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしずくすえの露よりもしげしといえり。
されば朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬればすなわちふたつのまなこたちまちに閉じ、ひとつの息ながくたえぬれば紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいを失いぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめどもさらにその甲斐あるべからず。さてしもあることならねばとて野外におくりて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて念仏申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
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2009/5/27  21:28

投稿者:鹿野苑

>tenjin95さん
本当かどうか知りませんが、南無阿弥陀仏の念仏、すなわちAとMの発音の繰り返しは長生きに効果があるそうです。法然上人80歳、親鸞聖人90歳、蓮如上人85歳。確かに念仏者には長生きが多いですよね。


>東王子さん
日常が日常であることの大切さ…アキ電の後半のテーマでもありましたね。

2009/5/27  10:40

投稿者:東王子

浄土真宗のお葬式などでよく、出てまいりますねぇ。いやあ、もしかしたら明日事故になるかもしれないしぃ・・、毎日、考えてます。一日が大事大事っすよねぇ。死んだら、バイバイって、だんだん実感が・・。でも、大切に生きていくには、とても大切な事です・・・。

2009/5/27  7:13

投稿者:tenjin95

> 管理人様

蓮如上人は、当時の寿命が56歳だと定められていながら、自分がそれ以上に生きていることを驚きながら、或る種それこそ信心の功徳だと思っていたようなところがありますね。

それ、人間の寿命をかぞふれば、今の時の定命は五十六歳なり。しかるに当時において、年五十六まで生きのびたらん人は、まことにもつていかめしきことなるべし。これによりて、予すでに頽齢六十三歳にせまれり。勘篇すれば年ははや七年まで生きのびぬ。 『御文章』第四帖−2

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