歴史小説の何が面白いのか

2021/6/11 | 投稿者: 鹿苑院

僕の趣味はいくつかあるが、最大のものは歴史小説と言っていい。ただ、時々自分でも不思議になる。なぜ歴史小説が面白いのか。なぜ飽きないのか。
だって途中経過も結末も知り尽くしているのだ。どんな本を読んでも信長が桶狭間の戦いに敗北することはないし、坂本龍馬はどうしたって近江屋で暗殺されてしまう。読む前からそんなことはわかっているのにどうしてそれを読むのが面白いのだろう。

僕の心の師・井上義啓氏には「プロレスとは底が丸見えの底なし沼である」という名言がある。
このあまりにも哲学的な言葉の意味を解釈してみると、プロレスというものは勝敗・結果は歴然と見えるし、なんなら見なくてもどっちが勝つかぐらい大抵は予想できるが、そこに至るまでのあれやこれやを考察することにプロレスの妙味があるということだろう。
その意味でプロレスに勝敗の筋書きはあるのかと聞かれれば「あるだろう」と答えざるを得ないが、プロレス観戦とは単純な結果以外の所でレスラーや団体のメッセージを読み解く知的遊戯であると知れば、むしろなまじ真剣勝負で勝敗以外は価値を持たない他のスポーツなど見ていてつまらなくなる。井上義啓氏がプロレスラーのような筋肉隆々のマッチョではなくスーツが似合う紳士なのは知的遊戯の達人なのだから当たり前のことなのだ。

で、ふと気付いたのだが歴史小説の楽しみとはこのプロレスの楽しみ方に似てはいないか。
個々の戦いの勝敗、人物の生死は最初からわかるが、その経緯を書くのに作家ごとのアレンジ、メッセージがそれぞれまったく違う。そこを読むことに歴史小説の醍醐味がある。
そうだ、そうに違いない。高らかに言おう。

『歴史小説とは底が丸見えの底なし沼である』と──。
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