聖光房弁長とアングリマーラ

2020/12/4 | 投稿者: 鹿苑院

浄土宗二祖・弁長上人の誕生はかなりの難産だった。なにしろ母はこの出産で命を落としているほどである。
この故事から、彼の活動拠点だった久留米の善導寺は安産祈願の寺とされている。この事は浄土真宗育ちの僕にはちょっとした驚きである。

善導寺は場末の寂れ寺などではない。芝の増上寺や黒谷の金戒光明寺と肩を並べる、浄土宗七大本山の堂々たる一角である。
これがもし浄土真宗なら、別院クラスの大寺がいかにその寺ゆかりの高僧にエピソードがあったとしても現世祈願の寺になど絶対ならないだろうし、なったとしたら本山から破門されるほどの騒ぎになるだろう。

では仏教としてこれは容認できるのかと言えば、結論から言ってできる。何故なら釈尊その人が弟子に命じて安産の祈祷をさせたことがあるからだ。
命じられた弟子はアングリマーラである。彼は辻斬りだったが、標的にした釈尊の威に打たれて改心し弟子となった。
そのアングリマーラが街を托鉢していると、難産で苦しんでいる女性に出会った。すぐに戻り釈尊にその話をすると、
「おまえ、今すぐその女性の所に言って、『私は今まで人を殺めた事がないからその功徳によって無事に出産させたまえ』と祈ってやれ」
「すいません師匠、私は元辻斬りなんで、結構たくさん人殺してるんですけど…」
「あ、そうだった。じゃあ『出家してからは一度も人を殺めた事がない』に言い換えればいけるだろ」
というやり取りの結果、アングリマーラは言われた通りの祈祷を行い、出産は無事に終わった。

してみると、本来の仏教に現世祈願は無いというわけでは必ずしもないという事がわかる。この事はよく味わってみる価値のある話である。
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