箱根と奥美濃を繋ぐ者

2020/2/11 | 投稿者: 鹿苑院

読者諸賢には目にタコができる話かもしれないが、僕の苗字は箱根・小田原地域にルーツがあることは確実である。
ただし少なくとも江戸期には奥美濃にいた。いつ、どういう経緯でその長距離の移住をしたのかがずっと疑問だった。
奥美濃にいる同姓の親戚の菩提寺を訪ね、そこにある寺の由緒を記した石版を読んだところ、箱根と奥美濃の繋がりを発見した。上の疑問に答えるかなり有力な説と思われる。

親鸞聖人が越後への流刑とそれに続く関東での伝導を終え、京へ帰る旅路でのこと。箱根権現にしばらく滞在なされたのだが、嘉念坊善俊という僧がその教えを聴いて弟子入りし、以後の旅の供をした。
その後、善俊は親鸞聖人より濃北の教化を任された。奥美濃・飛騨の真宗はすべて善俊を祖とする。

善俊は後鳥羽上皇の皇子である。相応の身分だから付き従う家来もいただろう。我が先祖はその一人であり、善俊に従って奥美濃にやってきた者と考えればすべて辻褄が合う。

後鳥羽上皇は承元の法難の張本人であり、親鸞聖人にとっては恨みのある人物のはずである。その息子を弟子として温かく迎えた聖人の寛い心、父の所業とは別に偏見なく正しい教えを聴き帰依した善俊の道心、いずれも敬服すべきである。
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