高木守道逝去

2020/1/23 | 投稿者: 鹿苑院

子供の頃の印象というのは鮮烈なもので、僕にとって中日ドラゴンズの監督といえば星野仙一と高木守道しか浮かばない。だいぶ遅れて三番目に落合博満という名前が出てくるが星野・高木に遠く及ばない。その星野仙一が亡くなり、今また高木守道が世を去った。

僕が最初に野球を真剣に見たのはあの10・8決戦である。ドラゴンズが優勝すればこの地方のお店が安売りセールをやるんだと母に聞かされたから、それが動機であまりルールを知らない野球を見、負けてセールを逃した事が母のために悔しかった(まあスーパーというのは口実さえあればセールをやりたいもので、2位でも結局はやるものだという事を知ったのは随分後である)。その10・8決戦でドラゴンズの指揮を執ったのが高木監督だった。
翌シーズンからは僕は熱心な野球ファンになり、あのひっかき事件で高木監督が退場になったのが彼を監督として見た最後である。

つまり僕は第一次高木政権しか知らない。今まで何度も書いている事情で僕はドラゴンズファンをやめているので、ジョイナスと揶揄された第二次政権については見ていなかったしよく知らない。
漏れ聞く評判によるとこの第二次政権で高木監督は男を下げたようなので、少年時代の思い出にケチを付けないためには見なくて正解だったのかもしれない。

長引く低迷でドラゴンズが身売りされるかもしれないという噂がちらほら聞こえてくるが、僕と同じ理由で中日新聞社に愛想を尽かしたドラゴンズファンにはそれを望む者がTwitter界隈に意外と多い。もちろん新しい親会社も反日企業だったり創価系企業だったら話にならないが、そうでなければ僕もドラゴンズファンに戻ってもいい。ちょっと考えてみて、この地方の企業で可能性がありそうなのは名古屋鉄道株式会社だが、さて……?
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