法華経回帰の旗手

2019/11/4 | 投稿者: 鹿苑院

どんな経典でも尊いという天台宗の幅の広さゆえにその重要性がなんとなく薄れているが、元来、法華経が天台宗の根本経典である。
最初の最澄の時点から、よせばいいのに当時流行りの密教に手を出したりしたものだからますます法華経の影が薄くなった。今では天台宗といえば密教の宗派だと思っている人さえ少なくない。この話は司馬遼太郎の「街道をゆく 中国・江南のみち」の『越州の田舎密教』という項に詳しい。

そんな中で、いつかは天台宗の内部から法華経への原点回帰を叫ぶ者が出てくるのは歴史の必然だったろう。ただし、それが日蓮という灰汁の強い人物だったことが仏教史のみならず後の日本社会全体の不幸だった──とまで言ったら怒られるだろうか。

なにしろ、天台宗の法華経観は「たくさんある経典の中のナンバーワン」に過ぎないのだが、日蓮においては「他の経典はすべて邪宗! 法華経がオンリーワン」になってしまった。
この排他性・独善性が日蓮系諸派の特徴となり、現代までずっと、社会問題になる宗教宗派は日蓮の系譜であることが多い。
もし天台宗の法華経回帰の旗手がこういう人格に問題のある人でなく、もっと穏やかな人であればあのカルト宗教団体もこのカルト宗教団体もこの世に存在しなかったのにと思うと誠に残念な心地がする。




法華経は最高の教えなので それを誉めるだけでも御香をささげ飾るだけでも
所持するだけでも仏画を描くだけでも石を積むだけでも成仏できるとある
そのような最高の教えなので日蓮宗に入る必要は全く無い
日蓮宗の起こる遥か過去から数多くの仏国土でインドで中国で法華経崇拝はなされた
法華経には仏や仏のことを一寸でも念ずれば成仏できると書いてあり
日蓮宗になれとは一言も無い ましてやカルト的な教義など全く無い
答え=法華経は最高の教えであるから特定の宗派に入る必要は全く無い むしろ日蓮の他宗排撃は法華経の内容と正反対だった
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