金と銀とプラチナと

2019/5/1 | 投稿者: 鹿苑院

スペイン人が南米に侵攻した時、銀を大量に略奪して本国に持ち帰った。アメリカ大陸は銀の宝庫であり、とりわけメキシコ銀は中国にも流入して明・清の財政の基礎ともなるほど世界中を席巻した。
それまでは金と銀はほぼ同じ価値であり、時には銀の方が高い値がつく事もあったが、アメリカ大陸の発見による銀の大量産出により希少価値が下がり、金との間に決定的な価値の差がついた。今日ではシルバーアクセサリーは中高生の小遣いでも買える。石見銀山を巡って死闘を演じた毛利元就や尼子晴久が聞いたらどんな顔をするか知れない。

中には色の似た金属を銀と間違えて持ち帰ったスペイン人もいたが、融点が違うのですぐに間違いに気付き、その金属は用無しとして廃棄された。人類とプラチナの出逢いはかくのごとく幸福なものではなかった。

今日、結婚指輪を買ってきた。妻はずっとゴールドがいいと言っていたのだが、実際に現物を見て店員の話を聞くとプラチナに宗旨替えをしてしまい、結局は大多数の日本人がそうであるようにプラチナの指輪を買う事になった。
プラチナが金や銀より価値が高い貴金属だという事は理解しているのだが、歴史ファンとしては金や銀なら甲州や佐渡や石見の金山銀山、金閣寺や東照宮などのきらびやかな装飾に想いを馳せてその随想だけでご飯三杯はいけるが、プラチナという片仮名めいた名前の金属ではどうもそういう随想につながりにくい。
幸福な馴れ初めではなかった人類とプラチナが今は蜜月であるように、僕も今は何の感慨もないこの指輪に素晴らしい思い出を刻んでいければいい。

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