空白の一年

2018/9/24 | 投稿者: 鹿苑院

井伊直弼を悪く言う気にはなれない。確かに倒幕派というわけでもない有為の人材を多数殺した科はあるが、彼のビジョンにも見るべき点があり、この鉄血宰相なりに日本と幕府の行く末を思って行動したと認められるからだ。

ただ、将軍継嗣問題で対立候補となった一橋慶喜を謹慎させたことは悪手だった。混迷の時期に将軍になるべきはやはり血筋が将軍家に近い少年家茂ではなく、英名な慶喜だったのではないか。慶喜の一年間の謹慎の間に幕府は手遅れになってしまったと言えそうである。
もし14代将軍が慶喜になっていたら、あるいは直弼にもっと度量があり、敗れた候補の慶喜に頭を下げてそれなりのポストを用意して早期に幕政に参画してもらっていたら、あるいは幕府は滅ばずにすんだのではないか。

実際、直弼の死によって謹慎が解かれた慶喜が将軍後見職になってからは幕府は一時の盛り返しを見せる。ただやはり既に遅きに失していたためにああなったと言うべきだろう。
早期に慶喜が登板していたら幕府と日本国の両方を守れたに違いないのだが、どちらかを犠牲にせねばならない局面を迎えてからの登板となり、それで日本国を守る方を選んだのはやはり偉人である。
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