一向宗に非ず

2018/6/21 | 投稿者: 鹿苑院

「信長の忍び」に本願寺顕如が登場したので、いい機会だから9年前に書き残したことを今になって書く。

「一向宗」という言葉は浄土真宗とイコールのようにして使われているが、元来は別の宗派である。その名も一向俊聖という僧が開いた。
同じ阿弥陀信仰の宗派であることから、本願寺に天才布教家・蓮如上人が現れると一向宗徒から浄土真宗に改宗する者が続出したが、名称だけは逆に一向宗が浄土真宗に取って代わるような事態になった。
本願寺としては違う宗派なのだから自分たちを一向宗と呼んでほしいわけもなく、蓮如上人はこの経緯をはっきりと書き記した上で、「外部の人が混同して我々を一向宗と呼ぶのはまあ我慢するけど、うちの門徒で一向宗と自称するやつがいたら破門する」とまで宣言している。逆に言えばそういう勧告を出さねばならないほど、浄土真宗の門徒でも一向宗を自称する者が相当数いたことを窺わせる。

江戸幕府は「浄土真宗」を正式な宗派名として認めてほしいという東西本願寺・高田専修寺・仏光寺などの訴えを却下して「一向宗」を押し付けたので、江戸時代を通じてこの不適切な宗派名が正式な宗派名とされ続けていた。浄土真宗側はこれに反発して「門徒宗」などと言い換えていた形跡がある。
明治政府は「浄土真宗」はダメだけど「真宗」なら良いという裁定を下したのでそうなったが、第二次世界大戦が終わって国家による宗教統制が解かれると、西本願寺だけは「浄土真宗本願寺派」を名乗り、他の各派は今も「真宗○○派」のままである。
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