木村重成の忠義

2016/12/14 | 投稿者: 鹿苑院

先週の『真田丸』で討死した豊臣秀頼の乳兄弟・木村重成。その首級を検分した徳川家康は髪に香が焚き染めてあることに気付き、「まだ若いのにこんな戦陣のたしなみを誰が教えたのだろう。惜しい若者を失くした」と称賛したという。

前々から不思議なことがある。重成はなぜここまで秀頼に忠義だったのだろう。
彼の父・木村常陸介は豊臣秀次付であったため、秀次に連座して処刑されている。その時に兄も切腹させられているし、姉も磔にされている。重成だけが幼少ゆえに罪無しということで命拾いしたのだが、彼が秀吉・秀頼を家族の仇と見てもなんらおかしくはないはず。
当時の乳兄弟は実際の兄弟以上の絆で結ばれることが珍しくなかったから──という学校のテスト的な無味乾燥な答えも一応書けるが、本当に彼はそれで割り切れたのだろうか。いや、行動を見れば割り切れていたに違いないが、どうにも不思議な気がする。
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