天下のために手を汚す

2016/8/29 | 投稿者: 鹿苑院

先日、岐阜市歴史博物館で開催中の「豊臣から徳川へ」という特別展を見てきた。
展示の感想は置いといて、居合わせた老夫婦が「家康はしょーもないことでイチャモンつけて豊臣家を滅ぼしたから云々」と批判的なことを言っていた。

まあその気持ちはわからないでもない。方広寺の鐘の件は確かに無理がある因縁付けなのは否定できない。
ただ、そこまでして豊臣家を滅ぼしたかったのは判官贔屓の小説やドラマで描かれるような私利私欲のためではなかったかも…という視点を持てば違ったものが見えてくる。

豊臣家の弱体化は明らかであり、幼主秀頼では諸大名を抑えきれない可能性がある。そうなると戦国に逆戻りで、悪くすると日本はスペイン・ポルトガルの植民地にされていたかもしれない。
そうさせないためには諸大名を黙らせる力がある徳川家に天下が一本化された方が良いわけで、一豊臣家は犠牲にしてもより大局的な天下万民の幸福のためなら自分はどんな汚名でも着る──そう家康は考えていたのだろうと少なくともオレは思うし、その証拠に死の直前、次のような言葉を残している。


わが命旦夕に迫るといへども、将軍斯くおはしませば天下のこと心安し。
されども将軍の政道その理にかなわず、億兆の民艱難することあらんにはたれにても其の任に代わらるべし。
天下は一人の天下に非ず、天下は天下の天下なり。
たとへ他人天下の政務をとりたりとも、四海安穏にして万人その仁恵を蒙らば、もとより家康が本意にていささかもうらみに思うことなし。



どうだろう。嫌われる原因になりがちな豊臣家を滅ぼしたことこそ、見る角度を変えれば尊敬の理由になるではないか。
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