おっさんの入口

2016/7/23 | 投稿者: 鹿苑院

職場の隣に市民文化センターみたいなものがあるのだが、その庭に今まで見たことないほど大勢の人が集まっていた。原因はポケモンGOである。それを見たオレが反射的に持った感覚がこれである。

うぜえ。

実はパズドラの時にも同じ感覚を持った。ただ、これは持ってはいけない感覚だと思い、自分を叱っている。

子供の頃、オレも友達も御多分に洩れずテレビゲームに夢中だった。そして誰の親も御多分に洩れず「ゲームばっかりしてないで外で遊べ」と口にしていた。
親世代のゲームアレルギーというのはちょっと異常なほどのもので、とにかくゲームは悪でありいろいろな理屈を用意して子供をこれから遠ざけようとしていた。この傾向におもねって「ゲーム脳」なる言葉をでっちあげて親世代の喝采を浴びたインチキ学者がいるが、彼の実験と著書は素人でも容易に矛盾が指摘できるお粗末なもので、今では完全に否定されているのだけど、否定されていることを知らずいまだに「ゲームをやるとキレやすくなる」と信じている中高年が多くいて、なにやら天動説論者の生き残りを見るような心地がする。

子供の頃のオレは他の多くの子供と同じように「なんでやりもしないうちからくだらないと決めつけてゲームを悪く言うのだろう」と思っていた。
で、今ならあの頃の親世代が持っていた感覚がわかってしまうのだ。パズドラやポケモンGOのように若者が夢中になっている物を見ると、特に理由は無いがなんとなく反発心を持ってしまいやめさせたくなる。歩きスマホを助長するから、危険だからといろいろ理屈を並べるが本当はそんな理屈はどうでもよく、「なんとなく目障り」というのが理由のすべてなのだ。こち亀の両さんのお父さんは若者を見るととにかく腹が立って殴りたくなるらしいが、笑いごとではなくそれに近い。

で、オレの頭上にいて無表情な顔で客観的に見つめているもう一人のオレはこう言う。「子供の頃におまえが思ってたことの方が正しかったよ」と。
そう、あの頃のゲームアレルギーの親世代の気持ちがなんとなくわかってしまうのは、「おっさんの入口」に他ならない。まだそこに入りたくはないので、パズドラやポケモンGOに否定的なことは言わないようにするし、思うことも極力抑えたい。
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