藤原氏の公然たる秘密

2016/5/9 | 投稿者: 鹿苑院

現在の苗字が藤原という人に貴族藤原氏の子孫はいないということは歴史ファンの間ではよく知られている事実である。従って竜也も組長も紀香も藤原氏ではありえない。そればかりか「藤」を「ふじ」と読む苗字はすべて藤原氏の末裔ではないことも事実なので、藤井も藤田も藤波も藤原氏ではない。「とう」と読んでいれば可能性はある。
ただ、藤原氏の中の藤原氏である近衛家や一条家ですら、藤原鎌足の子孫でない可能性がある。なぜなら、藤原不比等は鎌足の子ではないかもしれないからだ。
(どうでもいいがこの段落だけで藤という字でゲシュタルト崩壊を起こしそうだ)

まあ一般的には不比等は鎌足の子で藤原氏を継いだとされているのだが、天智天皇の落胤という説がある。これは近代になって目立ちたい歴史学者が出したトンデモ説ではなく昔からあるもので、むしろ平安時代あたりには落胤説の方が定説ですらあった。「竹取物語」に車持皇子というのが出てくるが、不比等の母は車持氏であることから彼のモデルが不比等であることはまず間違いないのだけど、皇子と付いているのだから天皇の子だと認識されているわけだ。

オレはかねがね、天皇家からの分家である源氏や平氏より中臣氏の子孫に過ぎない藤原氏が上の家格なのはどういうわけかと不思議だったのだが、不比等が天智帝の落胤なら説明はつく。本当にそうであるかどうかは別として、その認識で世間が見ていたのならじゅうぶんに藤原氏は貴種たり得る。
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