歴史への凶弾

2016/4/17 | 投稿者: 鹿苑院

大東亜戦争中、京都は空襲を受けなかった。これは歴史ある文化財を損なわないようにアメリカが配慮したためだという話がまことしやかに語られることが多いが、別にそうではない。

アメリカに残されている文書では京都は典型的な「ジャップ・シティ」、つまり木造民家が密集しているため空襲すれば被害は大きく、さらには日本人に与える精神的ダメージも大きいということで、攻撃が検討されていた。ただしただの攻撃ではなく、原爆投下の候補地としてである。結局ははずされたために終戦まで京都は被害を受けなかった都市になったが、それまでアメリカ軍が空襲しなかったのは原爆の威力を確かめるために京都を温存しておきたかったからに過ぎない。

広島や長崎で良かったというつもりは絶対にないが、もし京都に原爆が投下されて貴重な文化財が失われていたらと思うとゾッとする。
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