桃山城郭の証人

2016/2/12 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


スマホの壁紙を、以前自分で撮った広島城にした。こうして見るとなんとも美しい城である。必要にして充分。これに何かを足せば蛇足になるし何かを引けば物足りなくなる、そんな気がする。

広島城は聚楽第を設計上のモチーフにしたという。聚楽第は京における豊臣家の政庁であり、政庁と言いつつもれっきとした城郭であったわけだが、考えてみれば秀吉による桃山式城郭というものは大坂城も聚楽第も伏見城もその当時のものは現存していない。とすればその姿を類推するヒントとして広島城は重要なのではあるまいか。
むろん毛利輝元が建てた広島城は原爆で焼失したが、写真も資料も人の記憶もあるうちに再建されたので、今ある広島城は信頼できる復元と思っていいだろう。

日本の名城を挙げよと言われた場合に、多くの人は姫路城や大坂城や名古屋城を挙げるであろうが、広島城はその資料的価値からもっと評価されていいはずである。
0



コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ