抹茶コンプレックス

2015/11/30 | 投稿者: 鹿苑院

司馬遼太郎の『新選組血風録』でオレが一番好きなエピソードは近藤勇が主人公の「虎徹」だが、「虎徹より清麿の方が斬れるならそう言えば済む話なのに、無理にでも清麿を虎徹ということにしようとするあたりが近藤らしい」というような記述があるが、オレにもそういうのがある。

過去にも書いたように、オレの舌は煎茶の味はちゃんとわかるが抹茶の味がはっきりとはわからない。
それなら「抹茶より煎茶の方が美味い」で済む話なのだが、抹茶道は武家文化なので佐幕派御用達、それに対抗して始まった煎茶道は勤王派御用達という不都合な事実がある上に、名のある茶人──利休も織部も遠州も──はすべて抹茶道の人なのだ。歴史主義者としてはそこへのこだわりが捨てきれない。

だから、煎茶を常飲しているがわざと抹茶茶碗をミニチュア化したような形・色の茶器を選んだりして抹茶っぽい雰囲気を作りながら飲んでいる。もう抹茶道と煎茶道を融合した新しい流派の家元になろうかとすら思っているくらいだが、まあ煎茶を抹茶にしようとしていることは清麿を虎徹にしようとした近藤さんに似ている滑稽さではある。ああそういえば源清麿も勤王思想を持った刀匠だったな。
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