繭の中から

2015/11/18 | 投稿者: 鹿苑院

応援している女性アーティストのイベントやライブへの参戦を決めると、近頃母がよくこう言う。「どんなにおいかけたってその人が嫁に来てくれるわけでもないのに」。
この母の指摘はまったくの正論である。なんら間違っていない。イベントに通っていればいつか奇跡が起きて…などと期待するほどオレも甘ちゃんではない。
ただ、今のオレの生な実感としてはこう言いたい。
「絶対にある距離以上には近付けない代わりに、絶対にある距離以上からは逃げていかないことはそれなりに価値があることだ」と。

婚活を始めてずいぶん経つ。何人もの女性と会ってきたが、メシをおごると「ありがとう。楽しかったし美味しかった。でもあなたは私の理想のイメージとは違うの。もう別れましょ。さようなら」と平気で言う女がザラにいる。これはなにも、極めて稀な異常性格の持ち主というわけではなく、経験上から言えば女が5人いたら4人はそうだと言っても誇張ではない。
それに比べればアーティストはチケット代だけ払えば約束の日の約束の時刻に必ず現れて、期待した通りの歌を歌ってくれる。客であるオレにもう来るなと言い出すこともない。金を払う価値があるのはどちらか。

ちなみにアメリカでは、デートで食事代を全額男に払わせるということはその男とSEXしてもいいという意思表示になる。タダ飯だけ食ってはいサヨナラでは撃たれても文句を言えない。
もちろんアメリカ人のやり方がすべて正しいと言うつもりはないし、オレは米国礼賛主義者でもないが、大和撫子がヤンキー娘より傲岸不遜であることを嘆くのみである。
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