文明のための人にあらず、人のための文明なり。

2015/2/14 | 投稿者: 鹿苑院

とある用事で書類を提出しないといけないのだが、用紙は公式HPからダウンロード。小論文も添えねばならないのだが、オレの家用PC(Aと呼ぶ)にはofficeが搭載されていない。そのため重いPC(A)にイライラしながらフリーソフトでワードに代わるものをダウンロードし、すべて整えたところ、長らく使っていなかったプリンタが黒のインクが無いとほざくので買ってきた。カートリッジを取り替えて再び印刷しようとしたら、プリンタは動くが出てきた紙は真っ白。どうやらプリンタ自体いかれているらしい。もう一台プリンタはあるが、それを使うにはまたオレのPC(A)で使えるように設定が必要になるし、そのプリンタと相棒のPC(Bと呼ぶ)はWindows XPなのでネットに繋いでダウンロードするのは危険である。

まず上記の文をとばさずに全部読み、意味を咀嚼してくださった人はどれだけいるだろう? オレならこんな面倒くさい文は読みたくない。しかしPCの説明書やヘルプにはこれよりもっと煩雑なカタカナだらけの文が並んでいるだろう。

今日の件、普通の原稿用紙に手書きでよければ1時間でできたのに、まる1日費やしてまだ完成していない。させようがない。
まったく文明は高度になりすぎた。文明とは人々の暮らしを便利に、豊かにするためのものなのだが、過ぎたるは及ばざるが如し。便利さを追求しすぎて今や不便であり、付いていけない人を爪弾きにするための凶器に変貌している。チャップリンは作中でしきりにそのことを言っていた。

聖書の神が大洪水を起こしたのは、こんな文明の間違った方向にブチ切れてリセットしたくなったからではなかろうか。もっとも、その神も今や、再び大洪水を起こしたくなってもそれに必要な手続きのための書類のダウンロードや、コンプライアンスがどうのといったやかましい問題を解決してからにしなければならないので、その面倒くささにうんざりして取りやめにしてしまっているのだろう。なるほど高度な文明は人類の繁栄に役立っている。
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