楽焼か名物か

2015/1/28 | 投稿者: 鹿苑院

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長次郎作・俊寛。
抹茶茶碗というとこういう寸胴の形を思い浮かべる人が多いと思う。しかし古い時代には普通のお碗型で、この形になるのは千利休が楽焼を始めてからではなかろうか。楽焼は元来は「聚楽焼」の略称で、豊臣秀吉の聚楽第にちなむ。利休はまるで茶碗が存在せず茶だけを持っているかと思うほどの軽さを追求したらしく、それが特徴になっている。それだけに割れやすいがそこが盛者必滅を感じさせるところに価値がある…らしい。

利休の孫弟子・小堀遠州になると楽焼をまったく使わなくなる。遠州は武士だが利休は町人なので、楽焼は町人階級の趣味だとして採用しなかった。逆に利休がスポイルした唐・高麗名物に再び価値を与えながら、しかも師・古田織部の路線を受け継いで国焼の監修にも力を入れたのが遠州と言っていい。
利休死後もずっと千家は続いているし今なお茶道の主導的位置にあるので楽焼もまったく廃れず健在ではあるけれど。

個人的にはオレは唐・高麗名物が好きなので、利休よりも遠州に思想が近いかもしれない。あとこのふざけた曲にはまった。このノリ大好き。

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